富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
62 / 312

忍びの端くれ

しおりを挟む

 その昼過ぎ。
 
「お花っ、あすぼっ」
 
 サギは「いつもどおりぢゃ」と小梅に言った手前、今日も桔梗屋へ遊びに行った。
 
「なあもお、サギ、聞いとくれな。おっ母さんときたら、あたしに今夜、神社へ行っちゃいかんとお言いなんだわなっ」
 
 お花はサギが部屋に入るなりプンプンと怒っている。
 
「そりゃあ当たり前ぢゃ。お花は行っちゃいかん。人攫いがおるんぢゃからな。危ないぢゃろうが。お花なんぞ邪魔なだけぢゃっ」
 
 サギは偉そうに言ってからハッとした。
 
(もしや、兄様あにさまから見たら、わしもお花と同等に危なっかしいということぢゃろうか?)
 
 まさか、我蛇丸にそこまで半人前扱いされているとは心外である。
 
 サギも修行をした忍びの端くれなのだから箱入り娘のお花よりは役に立つし、人攫いも一網打尽に捕らえられるはずなのだ。
 
「だって、神社へはおっ母さんが行くというんだえ?何でお父っさんが行かんのだろの?こういう時は男親が行くのが当然だえ?」
 
 お花はズイと膝を進めてサギの鼻先に顔を突き出す。
 
「――へ?お父っさんは何で行かんのぢゃ?」
 
 サギはお花の顔があまりに近いので後退あとずさりする。
 
「知らんわな。お父っさんは一昨日おとついから具合が悪いと寝間で休んどるとおっ母さんはお言いだけど、ホントは家におらんみたいなんだわな」
 
 お花はまたズイと膝を進める。
 
「へえ?」
 
 サギは後退りする。
 
「あの隠し子が現れたせいで、お父っさんは家出したんぢゃなかろうかえ?」
 
 お花はズイズイと膝を進めてサギを壁際へ追い詰める。
 
「――むぅ――」
 
 サギはとうとう背中が壁にくっ付いた。
 
「なあ?おっ母さんが行くなら、あたしも行ったって構わんと思わんかえ?」
 
 お花はますますサギの鼻先に顔を突き出す。
 
 サギの鼻に噛み付かんばかりの勢いだ。
 
 お花はよっぽど『金鳥』と草之介を引き換えるところへ行きたいらしい。
 
(なんちゅう怖れ知らずの馬鹿娘ぢゃっ)
 
 サギはムカムカと苛立ってきた。
 
『くノ一』の自分でさえ連れていかんと、けんもほろろにあしらわれたというのに、お花ごときが生意気に。
 
「行ったらいかんと言ったら、いかんのぢゃっ。お花なんぞ足手まといぢゃ。馬鹿めっ」
 
 サギはお花の両肩をドンと突き飛ばした。
 
「ひゃっ」
 
 思った以上に力が入り、お花はゴロンと畳にひっくり返る。
 
(――あっ、娘っ子をぶってしもうたっ。鬼のシメもぶったことないのにっ)
 
 サギは『シマッタ』と思った。
 
「うぇっ」
 
 お花はひっくり返ったまま泣き出した。
 
(――ど、どうすりゃええんぢゃ?)
 
 サギはあたふたした。
 
「うえっ、うえっ、うえっ――」
 
 お花はしゃくりあげて泣く。
 
 小梅には突き飛ばし返したくせにサギには腕力で適わぬものだから泣く手段に訴えるのだ。
 
 娘っ子は先に泣いた者勝ちなのだ。
 
「えい、知らんっ。この面倒臭い娘っ子はっ。わしゃ、帰るっ」
 
 サギは泣いているお花を放ったらかして部屋から飛び出ていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

倭国女王・日御子の波乱万丈の生涯

古代雅之
歴史・時代
 A.D.2世紀中頃、古代イト国女王にして、神の御技を持つ超絶的予知能力者がいた。 女王は、崩御・昇天する1ヶ月前に、【天壌無窮の神勅】を発令した。 つまり、『この豊葦原瑞穂国 (日本の古称)全土は本来、女王の子孫が治めるべき土地である。』との空前絶後の大号令である。  この女王〔2世紀の日輪の御子〕の子孫の中から、邦国史上、空前絶後の【女性英雄神】となる【日御子〔日輪の御子〕】が誕生した。  この作品は3世紀の【倭国女王・日御子】の波乱万丈の生涯の物語である。  ちなみに、【卑弥呼】【邪馬台国】は3世紀の【文字】を持つ超大国が、【文字】を持たない辺境の弱小蛮国を蔑んで、勝手に名付けた【蔑称文字】であるので、この作品では【日御子〔卑弥呼〕】【ヤマト〔邪馬台〕国】と記している。  言い換えれば、我ら日本民族の始祖であり、古代の女性英雄神【天照大御神】は、当時の中国から【卑弥呼】と蔑まされていたのである。 卑弥呼【蔑称固有名詞】ではなく、日御子【尊称複数普通名詞】である。  【古代史】は、その遺跡や遺物が未発見であるが故に、多種多様の【説】が百花繚乱の如く、乱舞している。それはそれで良いと思う。  【自説】に固執する余り、【他説】を批判するのは如何なものであろうか!?  この作品でも、多くの【自説】を網羅しているので、【フィクション小説】として、御笑読いただければ幸いである。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

処理中です...