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忍びの端くれ
しおりを挟むその昼過ぎ。
「お花っ、遊ぼっ」
サギは「いつもどおりぢゃ」と小梅に言った手前、今日も桔梗屋へ遊びに行った。
「なあもお、サギ、聞いとくれな。おっ母さんときたら、あたしに今夜、神社へ行っちゃいかんとお言いなんだわなっ」
お花はサギが部屋に入るなりプンプンと怒っている。
「そりゃあ当たり前ぢゃ。お花は行っちゃいかん。人攫いがおるんぢゃからな。危ないぢゃろうが。お花なんぞ邪魔なだけぢゃっ」
サギは偉そうに言ってからハッとした。
(もしや、兄様から見たら、わしもお花と同等に危なっかしいということぢゃろうか?)
まさか、我蛇丸にそこまで半人前扱いされているとは心外である。
サギも修行をした忍びの端くれなのだから箱入り娘のお花よりは役に立つし、人攫いも一網打尽に捕らえられるはずなのだ。
「だって、神社へはおっ母さんが行くというんだえ?何でお父っさんが行かんのだろの?こういう時は男親が行くのが当然だえ?」
お花はズイと膝を進めてサギの鼻先に顔を突き出す。
「――へ?お父っさんは何で行かんのぢゃ?」
サギはお花の顔があまりに近いので後退りする。
「知らんわな。お父っさんは一昨日から具合が悪いと寝間で休んどるとおっ母さんはお言いだけど、ホントは家におらんみたいなんだわな」
お花はまたズイと膝を進める。
「へえ?」
サギは後退りする。
「あの隠し子が現れたせいで、お父っさんは家出したんぢゃなかろうかえ?」
お花はズイズイと膝を進めてサギを壁際へ追い詰める。
「――むぅ――」
サギはとうとう背中が壁にくっ付いた。
「なあ?おっ母さんが行くなら、あたしも行ったって構わんと思わんかえ?」
お花はますますサギの鼻先に顔を突き出す。
サギの鼻に噛み付かんばかりの勢いだ。
お花はよっぽど『金鳥』と草之介を引き換えるところへ行きたいらしい。
(なんちゅう怖れ知らずの馬鹿娘ぢゃっ)
サギはムカムカと苛立ってきた。
『くノ一』の自分でさえ連れていかんと、けんもほろろにあしらわれたというのに、お花ごときが生意気に。
「行ったらいかんと言ったら、いかんのぢゃっ。お花なんぞ足手まといぢゃ。馬鹿めっ」
サギはお花の両肩をドンと突き飛ばした。
「ひゃっ」
思った以上に力が入り、お花はゴロンと畳にひっくり返る。
(――あっ、娘っ子をぶってしもうたっ。鬼のシメもぶったことないのにっ)
サギは『シマッタ』と思った。
「うぇっ」
お花はひっくり返ったまま泣き出した。
(――ど、どうすりゃええんぢゃ?)
サギはあたふたした。
「うえっ、うえっ、うえっ――」
お花はしゃくりあげて泣く。
小梅には突き飛ばし返したくせにサギには腕力で適わぬものだから泣く手段に訴えるのだ。
娘っ子は先に泣いた者勝ちなのだ。
「えい、知らんっ。この面倒臭い娘っ子はっ。わしゃ、帰るっ」
サギは泣いているお花を放ったらかして部屋から飛び出ていった。
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