富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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稲妻

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 ゴロゴロ――、
 
 雨はザンザン降りになった。
 
「あぁあ、この雨ぢゃ客も来んぢゃろのう」
 
 ハトが連子格子れんじこうしから表を見やる。
 
 路地の水溜まりはすでに川のようになりつつある。
 
 小降りのうちに客はみな大急ぎで帰ったので錦庵は閑散としている。
 
「暇ぢゃあ~~~」
 
 サギは店の小上がりの座敷でゴロゴロと転がった。
 
 エッサホイ、
 エッサホイ、
 
 駕籠かごかきの掛け声にバシャバシャと足音がだんだんと近付いてきた。
 
 そこへ、
 
 ガタッ。
 バシャッ。
 
「うわぁっ」
「あたっ」
 
 大きな物音と男二人の叫び声。
 
 バシャ。
 バシャ。
 
 水溜まりを走る足音。
 
「――た、助けとくれぇっ」
 
 駕籠かき二人がこけまろびつ錦庵へ這い込んできた。
 
「どうしたっ?」
 
 我蛇丸が麺棒を掴み、バッと表へ飛び出る。
 
「なんぢゃっ?」
 
 サギも我蛇丸の後から飛び出た。
 
「ええいっ」
「くぉらあっ」
 
 浮世小路の入口あたりで駕籠を取り囲んでゴロツキ三人が木刀を振り廻している。
 
貴様きさま等ぁ、何者ぢゃあっ」
 
 駕籠かごの前に立ちふさがってゴロツキ三人を相手に番傘で応戦しているのは見覚えのある大男。
 
 鬼武一座の坊主頭の大男だ。
 
「あっ、児雷也のとこの坊主頭っ」
 
 サギがハッと大男に気付いて叫ぶ。
 
 もしや、駕籠の中には児雷也が?
 

「――おのれっ」
 
 我蛇丸はギラッと目を剥くと、
 
 ダッ。
 
 猫のごとく跳躍して向かいの店の塀を蹴って飛び上がり、構えた麺棒を振り下ろした。
 
 ガツッ!
 
 麺棒が出っ歯のゴロツキの顔面をしたたかに打つ。
 
「ぐふぁっ」
 
 容赦ない一撃に出っ歯のゴロツキは鼻血ブーでのけぞって倒れる。
 
「えいっ」
 
 サギは竹串を団子っ鼻のゴロツキに投げ付けた。
 
 ブスッ。
 
 団子っ鼻のゴロツキの小鼻に竹串が突き刺さる。
 
「あがぁっ」
 
 竹串は小鼻を真っ直ぐ貫通している。
 
「お前も串団子にしてやるから覚悟せえっ」
 
 サギは垂れ目のゴロツキに竹串を振りかざす。
 
 ゴロゴロ――、
 
 ピカッ。
 
 天がひび割れるように稲妻が走る。
 
「ちっ、ひとまず引けぃっ」
 
 垂れ目のゴロツキが舌打ちし、鼻血ブーの出っ歯と串刺しの団子っ鼻を引っ立てて雨の中をバシャバシャと逃げていった。
 
「……」
 
 坊主頭の大男はポカンと我蛇丸とサギの動きを見ていたがハッと我に返り、
 
「児雷也っ?大丈夫かっ?」
 
 慌てて番傘を開いて、駕籠のすだれを捲り上げた。
 
「――ああ――」
 
 児雷也はとてつもなく不機嫌そうに大男を見上げた。
 
 番傘はゴロツキとの格闘でボロボロに破れて用をなさぬ有り様。
 
 このザンザン降りで駕籠の中でも児雷也はとっくにびしょ濡れだ。
 

「どうぞ、店の中へ」
 
 我蛇丸がすぐさま錦庵へ児雷也と大男を案内した。
 
「駕籠かきは無事か?」
 
 児雷也は店へ入ると土間の縁台に座っている駕籠かき二人を見やった。
 
「へ、へえ、小路へ曲がり掛けたぁとこへ出し抜けにアイツ等に木刀でぶん殴られて――」
 
「あっしゃ、木刀をよけたらぁ足が滑って転げて――」
 
 前棒の駕籠かきは額に大きなタンコブが出来て、後棒は手首をくじいていた。
 
 駕籠代はかなり高く、駕籠かきが行き来するのは富裕層の行く場所だけである。
 
 なので、駕籠かきといえど身だしなみに気を配り、ムダ毛の手入れは必須なので尻も足もツルツルだ。
 
 江戸の下帯姿になる仕事では手入れの行き届いた尻こそが男の魅力と考えられていた。
 
 半纏はんてんの丈も下帯姿の尻がほどよく見える長さでなくてはならない。
 
 それはさておき、
 
「曲がり角で待ち伏せしておったということかのう?」
 
 ハトが駕籠かきのタンコブに濡れ手拭いを当てて眉をひそめる。
 
「おそらくのう」
 
 我蛇丸が険しい顔で頷いた。
 

「これで手足を洗うて下され」
 
 シメが洗足水すすぎを持ってくると、
 
「わしが致しまする」
 
 大男はぶっきらぼうにたらいを受け取って土間へ置いた。
 
 児雷也は小上がりに腰を下ろし、大男が土間に屈んで児雷也の足を洗っている。
 
 やはり、児雷也の足もツルツルだ。
 
 児雷也は足を洗わせて当たり前という顔をしているので大男は児雷也の世話役なのであろう。
 
「……」
 
 我蛇丸は手拭いを被って頭を拭き拭き、横目でさり気なく二人を見ている。
 
「奥の座敷で着替えて下され」
 
 シメが児雷也と大男に浴衣を差し出した。
 
「ほれ、これで拭いたらええ」
 
 サギは畳んである洗濯物から手拭い二枚を取って児雷也と大男に手渡す。
 
「……」
 
 大男は不審げにサギを睨みながら手拭いで坊主頭と顔を拭う。
 
「あっ、そりゃ、雉丸のおしめぢゃっ」
 
 シメが慌てて坊主頭の手拭いを指差した。
 
「――おしめ」
 
 大男は恐ろしい顔で手拭いを広げる。
 
 たしかに輪に縫ってあるおしめだ。
 
「気付かぬお前が悪い」
 
 児雷也は大男にポソッと言った。
 
 おしめだとすぐに気付いたらしい。
 
「てへっ、元々は手拭いぢゃからの。畳んであって見分けが付かんかったんぢゃっ」
 
 サギは自分の頭をペチンと叩いて笑って誤魔化した。
 
「やっぱり兄様あにさまの浴衣ぢゃ大きいのう。あ、シメの浴衣はピッタリぢゃな」
 
 サギは浴衣に着替えた児雷也と大男を見比べた。
 
女子おなごの浴衣――」
 
 大男は恐ろしい顔で浴衣を見下ろす。
 
 大男に貸した浴衣はやはり大女のシメのものだ。
 
「……」
 
 児雷也は首を傾けて伏せ目で濡れ髪を手拭いで拭いている。
 
 これぞ水もしたたるという美しさである。
 
「……」
 
 サギはポカンと口を半開きにして児雷也に見惚れていた。
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