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自責の念
しおりを挟む「奥様、お百度参りで傷めた足はすっかりと治うとるようにござりまするなあ?」
シメが見たところ、お葉は普段と変わりなく歩いていた。
「まあ、お百度参りのことまでご存知とは。へえ、昨晩、金煙をほんの少し――」
お葉は気まずそうに俯く。
お百度参りの小走り往復で擦れて赤剥けになった足は金煙で跡形もなく綺麗に治っていた。
「……」
サギはムズムズと身体を動かして落ち着かぬ様子。
「左様なれば、愚かな隠しだては無駄と観念を致し、何もかも正直に申し上げましょう。話せば長うなるかと存じまするが――」
お葉が話を切り出す。
「えっ?話が長うなるのか?わし、ちょいと厠へ行くから待っとくれっ」
サギは我慢の限界で客間を出て、厠へすっ飛んでいった。
「――どうぞ、構わず続けて下され」
我蛇丸がお葉に話の先を促す。
「へえ、あの『金鳥』は十数年前に桔梗屋の先代であるわしの父、弁十郎が知人より預かり受けしものにござります。『金鳥』を使うて桔梗屋を今以上に大きな店にするようにと、知人はそれを条件に『金鳥』を父に渡されましたそうにござります」
「その知人とは?」
「さあ?父は知人の名をわし等には秘めておりましたゆえ、古くからの知人というので、おそらく長崎で蘭学を学んでおりました頃に知り合うた方ではなかろうかと――」
お葉は父の知人の正体をうすうす察していたが知らぬ振りをした。
「十数年前とは?」
「へえ、たしか、お花が生まれた年の暮れのように覚えがござりまするが――」
たいがいの母というのは子を産んだ年に基づいて物事を記憶しているものだ。
「お花様はサギと同じ酉年の生まれぢゃ」
「桔梗屋の先代が『金鳥』を手に入れたのは十四年前ということぢゃのう」
シメとハトがさてはと察する。
「奥様、あの『金鳥』は我が富羅鳥藩に代々、受け継がれし藩外不出の秘宝にござりまする」
我蛇丸が厳かに告げる。
「なんと、富羅鳥藩の秘宝――?」
お葉は恐れおののく。
「あれは、忘れもせぬサギが生まれし十四年前、藩主、鷹也様が何者かの陰謀により儚くおなり遊ばされ、混乱のどさくさに富羅鳥のご城内より盗み出されたものにござりまする」
我蛇丸の声は低くくぐもる。
「ま、まあ、よくも、そのような恐ろしい手段で盗まれたものを父に――」
お葉はゾッと身震いした。
「あぁ、そのようないわくのある秘宝とは、まったく存じ上げず――」
お葉は頭を垂れた。
藩主が暗殺されて盗まれた秘宝の『金鳥』の金煙を気軽に傷薬代わりに使っていたと思うと自責の念に駆られた。
「ところで、先代はどうして亡くなられたのでござろうか?金煙を吸えばどのような重篤な病もたちどころに癒えてしまうはず」
我蛇丸が解せぬように訊ねる。
「へえ、父、弁十郎は金煙のおかげで身体も頑健で年齢よりもずっと若々しゅうて、親しいお仲間と頻繁に遠乗りに出掛けておりましたが、あれは四年前、次女のお枝が生まれた年のこと、遠乗りで急な雷鳴に驚いた馬が暴れだし、落馬した父は頭を打ち、即死だったそうにござります」
お葉はしんみりと声を落とす。
「即死ならば金煙も役には立たずという訳ぢゃのう――」
我蛇丸は納得した顔で頷いた。
一方、
「はあ、スッキリぢゃっ」
サギは厠を出て縁側の手水鉢で手を洗い、
濡れ手を振り振り雫をピッピと飛ばしながら客間へ戻ろうとした矢先、
「サギ?客間へ戻るのかえ?」
お花が縁側の曲がり角で待ち構えていた。
怖い顔で睨んでいる。
飛ばした雫がお花の顔に掛かったが、お花はそれで怒っている訳ではない。
「なあ?おっ母さんと我蛇丸さんは客間で何の話をしとるんだえ?何であたしが一緒にいちゃいけないんだわなっ」
お花はプリプリしてサギに詰め寄る。
「えっ?わしゃ、知らん。おっ母さんがお花に客間へ来んようにと言うたんぢゃろうが」
サギはブンブンと首を振る。
お花に客間での話を聞かれては困る。
お花には自分等が忍びの者だと知られたくはない。
殊に自分が『くノ一』だという正体は知られたくはないのだ。
「何であたしが除け者なんだえ?なあ?『金鳥』って何だえ?客間ではその話をしとるに決まっとるわなっ」
お花は両手でサギの筒袖を掴んでグイグイと揺さぶる。
「わしゃ、知らん。ホントに知らんっ」
サギは早く客間に戻りたいが、お花がサギを掴んで邪魔をする。
とうとうサギまで客間でのお葉と我蛇丸の話を聞きそびれてしまった。
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