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金鳥銀鳥
しおりを挟む一方、錦庵では、
い組の火消等が土間の縁台に片胡座で陣取っていた。
「盛り蕎麦五枚と酒と田楽と卵焼きを頼まあ」
「へえい」
我蛇丸、シメ、ハトは忙しく立ち働きながらも火消等の話に耳をそばだてる。
「よう?桔梗屋の旦那が下すったてぇ心付け、いってぇ幾ら入ってたい?」
火消等は半纏の懐から出したおひねりの包みを開いて見る。
「なんでえ、これっぽっちけえ?」
「なあ?桔梗屋ぢゃ頭に十両も渡したってぇんだぜ?頭が半分もてめぇの懐へ入れちまったってぇこっかい」
「あぁあ、火消の頭がしみったれたぁ、とんだ江戸っ子の生まれ損ないだぁな」
火消等はケチな頭の悪口をつまみに酒をガバガバとあおった。
朝っぱらから探していた銀のピラピラ簪が船宿から出てきたと聞いたので火消等はまったく骨折り損の草臥れ儲けだ。
しかも、簪を届けた船宿の主は桔梗屋から十両も謝礼を貰ったという話であった。
店仕舞いの後、
「心付けと謝礼で合わせて二十両とは豪気ぢゃのう」
ハトが溜め息混じりに呟いた。
「ああ、夕べの屋形船も料理も相当な贅沢ぢゃ。さらに、若旦那のほうは芸妓の玉代まで掛かっとる」
シメは船宿や料理屋や芸妓の玉代の金額を示した帳面を広げた。
「あの桔梗屋の店の儲けだけであの贅沢三昧は有り得んのう」
我蛇丸も嘆息する。
「ああ、わしゃ桔梗屋へ出前に行くたんびにそれとなく仕入れの書付を盗み見しておったが、水は水売りから湧き水を買うて、粉も砂糖も卵も一番の上物を使うておる。ありゃあ儲けは度外視ぢゃ」
シメは女中のおクキとおしゃべりしながらも抜かりはなかった。
「どうりで桔梗屋の菓子はずば抜けて美味い訳ぢゃ」
ハトは先日の土産のカスティラの耳の美味さを思い出した。
「桔梗屋の奉公人は三十人、まだ給金の出ないのは小僧四人と菓子職人見習い一人で他の二十五人には給金を出しとる。それも、番頭の三人と熟練の菓子職人の四人はかなりの高給ぢゃ」
我蛇丸が桔梗屋の奉公人の給金を一覧表に書いた帳面を広げた。
「家族六人と奉公人三十人の食費、衣料費、子等の教育費、旦那と若旦那の毎晩の料理茶屋での接待費――」
シメが次々と帳面を広げる。
「そして、桔梗屋の菓子の儲けがこれだけぢゃ」
ハトがパチパチと算盤を弾く。
結果、
「おお、すこぶる赤字ぢゃ」
桔梗屋の支出は儲けを軽々と超えていた。
「あの贅沢三昧の金の出所は店の儲けとは別ということぢゃのう」
シメは失望したように声を落とす。
「やっぱり、わし等の睨んだとおり、桔梗屋は『アレ』を使うて裏で荒稼ぎしとるんぢゃ」
ハトも複雑な表情になった。
『アレ』とは富羅鳥の忍びが将軍様より密命を受け、一丸となって探している『金鳥』と呼ばれる秘宝のことである。
その秘宝は金の鳥を描いた金蒔絵の玉手箱。
『金鳥』には対の『銀鳥』という秘宝もあるが、殊に『金鳥』は使い方次第で巨万の富を得られる、人間の見栄と欲望の権化ともいうべき秘宝なのだ。
いったい秘宝などがどういう金儲けになるのかと思うだろうが、
かつて『銀鳥』と同じ力を持つ『銀竜』の玉手箱を持っていたのが、かの浦島太郎と聞けば、対の『金鳥』が何であるかは想像が付くであろう。
そう、
『金鳥』とは若返りの金煙が吹き上がる玉手箱なのである。
桔梗屋はその金煙をほんの数年だけ若返る程度の量に分けて豪商などに密売し、ボロ儲けしているに違いない。
「いったい桔梗屋は『アレ』をどこで手に入れたんぢゃろう?」
ハトが首を捻る。
「おう、それを突き止めるのはこれからぢゃ」
我蛇丸は難しい顔をする。
災いが起きてからでは遅いのだ。
早急に『金鳥』を取り戻さなければならない。
ギギィ、
裏木戸の開く音がする。
「――おっ、サギぢゃ」
シメは慌てて桔梗屋の収支を記した帳面を天井裏に隠す。
「たっだいまっ」
サギがバタバタと忙しげに桔梗屋から帰ってきた。
「なにっ?蜂蜜姐さんが玄武一家の親分の娘?」
サギから桔梗屋での話を聞いた我蛇丸、ハト、シメは一様に驚いた。
芸妓の蜂蜜はまったく眼中になかったのだ。
「蜂蜜姐さんの素性までは知らんかったのう」
「おう、わし等、蕎麦屋の切り盛りで忙しゅうて諜報する暇がないんぢゃ」
「いかんせん忍びも人手不足ぢゃからのう」
我蛇丸、ハト、シメは口々に言い訳する。
どちらかといえば本業は蕎麦屋で忍びは片手間になっていた。
「なんぢゃ、わしがおるぢゃろうがあ。もう一人前の『くノ一』ぢゃぞ。わしゃ、手始めに草之介を捜し出してみせるつもりぢゃ」
サギは張り切った。
「ほお?若旦那の行き先をどう調べる?」
我蛇丸が厳しい声で問う。
「えっ?ええと、そうぢゃ。仲良しの熊さんに訊いて遊び仲間を当たってみるんぢゃっ」
サギはポンと手を打った。
「はあ、うつけが。若旦那の遊び仲間のところなんぞ熊さんがとっくに夕べのうちに訪ね歩いとるわ。熊さんはあれで義理堅いからのう」
シメは却下した。
「あっ、そうぢゃの。それなら、ええと、そうぢゃ。草之介の人相書きを貼り紙するんぢゃっ」
サギはまたポンと手を打った。
「おたずね者か?若旦那は方々へ遊び歩いとって元から評判の美男で世間に顔が知れとるんぢゃ。それに、とっくに若旦那が行方知れずなことは巷で噂の的ぢゃわ」
シメはまた却下する。
「あっ、そうぢゃの。ええと、ええと――」
サギはもう打つ手がない。
「兄様ぁ?どうやって草之介を捜したらええんぢゃろ?」
サギは我蛇丸の袖を引っ張る。
「すぐに甘ったれる。人に訊くな。だいたいお前が若旦那を捜す必要はないんぢゃ。ほっとけ」
我蛇丸はぞんざいにサギの手を払った。
「な、なんぢゃあ。兄様もハトもシメも、草之介がどこでどうしとるか心配ぢゃないのかっ?富羅鳥の忍びはそんな冷たい忍びぢゃったのかあっ?」
サギはカッとして喚いた。
「……」
我蛇丸もハトもシメも知らん顔だ。
「――んぅっ」
サギは唇を固く結んで大きな目からポロポロと涙を落とした。
実のところサギとても草之介のことがさほど心配な訳ではない。
ただ、草之介の一人も捜し出す手立てを考え付かぬ自分の頭の足りなさが悔しいだけだ。
「さてと――」
我蛇丸とハトとシメは大福帳と算盤を出して今日の蕎麦屋の売り上げの勘定を付け始めた。
「んうぅ」
泣いているサギはそっちのけだ。
そこへ、
バサ。
バサ。
羽音が聞こえてきた。
日の傾き掛けた空から三羽の鳩が庭先へ飛んでくる。
ハトの飼っている三羽の伝書鳩だ。
「クルックウッ」
鳩は足に文を着けている。
「おお、鬼ヶ島のシメのおっ母さんからの文ぢゃ」
ハトが文を取って鳩を小屋に入れる。
大女のシメは鬼の一族を母に持っていた。
よくシメは怒ると鬼の形相になるが言葉の比喩ではなく本物の鬼なのだ。
「鬼ヶ島にもしばらく行っとらんのう」
「ああ、初孫ぢゃけぇ雉丸の顔を見せにそのうち遊びに行こうかえ」
「錦太郎爺っさんが江戸へ戻ったら、わし等もちょいと暇を貰うて鬼ヶ島へ出掛けるかのう」
錦太郎は我蛇丸の大伯父であるが、みなは爺っさんと呼んでいた。
「そいぢゃ、長月になったら行こうかえ」
シメとハトと我蛇丸は和気あいあいと話している。
「――ぅ――」
サギはピタと泣きやんだ。
当然、サギも鬼ヶ島へ遊びに行きたい。
鬼ヶ島にはサギに剣術を教えてくれた鬼の師匠がいるのだ。
だが、やにわに「うわぃ、鬼ヶ島ぢゃ、鬼ヶ島ぢゃ」とはしゃぐのは、みっともないので黙っていた。
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