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花盛り
しおりを挟む「――ああっ、そっか。お花様にゃ悪いけどさ、児雷也はこっちかもしれないね」
小梅はパチンと手を打って三味線の袋から他の春画も取り出した。
男同士が珍奇な体勢で絡み合う春画だ。
「これ、みんな松千代姐さんに貰ったのさ。松千代姐さんはこういうのも好きでいっぱい持ってるんさ。ふふふん♪」
小梅は鼻歌混じりに男色の春画も三枚並べて置いた。
「あれ?わし、山ん中で猿が二匹でこんな格好しとるの見たことあるっ」
サギはやはり今一つ分かっていない。
「芳町は陰間茶屋が多いんで有名なんさ。この振り袖の美しい若衆が陰間さ。ま、美しいったって児雷也と比べたら陰間なんざぁ月とスッポンだけどさ」
小梅は春画の陰間を指す。
絵では遊女も陰間も同じ顔だ。
「陰間は高いんだよ。吉原の部屋持ちの遊女と同じ金一分もすんだから」
芳町で生まれ育った小梅は幼馴染みの陰間もいるので詳しい。
男色家で名高い平賀源内の『江戸男色細見(菊の園)』によると一切り(二時間ほど)で金一分だそうである。
金一分といえば甘酒が百六五杯ほど買える値だ。
「児雷也はこんなことしないわなっ」
ビリリッ。
お花は癇癪を起こして春画を引きちぎった。
「あっ、何すんのさっ。それ、天狗と陰間の絡み、あたしの一番、気に入りだったのにっ」
小梅はカッとしてお花の手から破れた春画を引ったくって突き飛ばす。
「よ、よくもやったわなっ」
お花もやり返して小梅を突き飛ばす。
「あっ、こんちきしょうっ」
二人は突き飛ばし合いの喧嘩になった。
「――うわわ――」
サギは忍びの修行をした『くノ一』なので決して娘には手を上げられぬが、さすがにまことの娘同士は遠慮がない。
江戸の娘は荒っぽいので、淑やかでなよなよした陰間が好まれたというくらい江戸の娘はとにかく荒っぽい。
「このぉっ」
「てやんでぇっ」
お花と小梅の突き飛ばし合いは続く。
いつ決着が付くのだろう?
(――ああ、わし、娘っ子はイヤぢゃ、イヤぢゃ、イヤぢゃ)
サギはゲンナリと二人の突き飛ばし合いを眺めていた。
夕べの蜂蜜といい、江戸の女子は狂暴にもほどがあると思った。
「あれまあ、何の騒ぎでござりまするっ?」
ドタバタと響く物音に気付いた女中のおクキが二階へ上がってきた。
畳の上には春画が並んでいる。
ヤバい。
「――うわ――っ」
サギとお花と小梅は三人同時に春画の上に倒れ込んだ。
「な、何でもない。歌留多を取って遊んでいただけだわな。歌留多は勝負事だからな、つい白熱したんだわな」
お花は上手く誤魔化した。
「まあ、歌留多?お正月でもあるまいに今時分にでござりまするか?」
おクキは怪しむ訳ではなく年端もいかぬ娘らしい遊びを微笑ましく思ったようだ。
「だって、サギが歌留多で遊んだことないと言うとったからだわな。もおっ、おクキは邪魔せんで階下へ下がっとれっ」
お花は煩そうに手で追い払って怒鳴る。
こういう時にサギを持ち出すのは便利だとお花は心得ていた。
「まあ、左様にござりまするか。そろそろ歌留多もご休戦なされまし。もうじきオヤツの支度も出来ましょう」
おクキは愛想笑いして一階へ下りていった。
お花が乳母や女中を邪魔者扱いするのはいつものことなので不自然に思われずに済んだようだ。
「――はあ~」
三人はホッと安堵して身を起こす。
「あぁあ、クシャクシャ。ま、ええわ。松千代姐さんに新しいの貰おっと」
小梅はせっせと春画を束ねて三味線の袋に仕舞う。
小梅は生まれも育ちも日本橋芳町であるが、たまに上方の言葉が混じるのは日本橋は上方の江戸店ばかりで、奉公人はすべて上方から江戸へ派遣されてきているので日本橋は上方の者だらけだからである。
越後屋、大丸、白木屋、松坂屋、西川等々、あっちもこっちも上方の江戸店で日本橋は上方の言葉が飛び交っている町なのだ。
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