富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
39 / 312

花盛り

しおりを挟む


「――ああっ、そっか。お花様にゃ悪いけどさ、児雷也はこっちかもしれないね」

 小梅はパチンと手を打って三味線の袋から他の春画も取り出した。

 男同士が珍奇な体勢で絡み合う春画だ。

「これ、みんな松千代姐さんに貰ったのさ。松千代姐さんはこういうのも好きでいっぱい持ってるんさ。ふふふん♪」

 小梅は鼻歌混じりに男色の春画も三枚並べて置いた。

「あれ?わし、山ん中で猿が二匹でこんな格好しとるの見たことあるっ」

 サギはやはり今一つ分かっていない。

「芳町は陰間茶屋かげまぢゃやが多いんで有名なんさ。この振り袖の美しい若衆が陰間さ。ま、美しいったって児雷也と比べたら陰間なんざぁ月とスッポンだけどさ」

 小梅は春画の陰間を指す。

 絵では遊女も陰間も同じ顔だ。

陰間かげまは高いんだよ。吉原の部屋持ちの遊女と同じ金一分もすんだから」

 芳町で生まれ育った小梅は幼馴染みの陰間もいるので詳しい。

 男色家で名高い平賀源内の『江戸男色細見(菊の園)』によると一切り(二時間ほど)で金一分だそうである。

 金一分といえば甘酒が百六五杯ほど買えるあたいだ。


「児雷也はこんなことしないわなっ」

 ビリリッ。

 お花は癇癪かんしゃくを起こして春画を引きちぎった。

「あっ、何すんのさっ。それ、天狗と陰間の絡み、あたしの一番いっちゃん、気に入りだったのにっ」

 小梅はカッとしてお花の手から破れた春画を引ったくって突き飛ばす。

「よ、よくもやったわなっ」

 お花もやり返して小梅を突き飛ばす。

「あっ、こんちきしょうっ」

 二人は突き飛ばし合いの喧嘩になった。

「――うわわ――」

 サギは忍びの修行をした『くノ一』なので決して娘には手を上げられぬが、さすがにまことの娘同士は遠慮がない。

 江戸の娘は荒っぽいので、しとやかでなよなよした陰間が好まれたというくらい江戸の娘はとにかく荒っぽい。


「このぉっ」

「てやんでぇっ」

 お花と小梅の突き飛ばし合いは続く。

 いつ決着が付くのだろう?

(――ああ、わし、娘っ子はイヤぢゃ、イヤぢゃ、イヤぢゃ)

 サギはゲンナリと二人の突き飛ばし合いを眺めていた。

 夕べの蜂蜜といい、江戸の女子おなごは狂暴にもほどがあると思った。


「あれまあ、何の騒ぎでござりまするっ?」

 ドタバタと響く物音に気付いた女中のおクキが二階へ上がってきた。

 畳の上には春画が並んでいる。

 ヤバい。

「――うわ――っ」

 サギとお花と小梅は三人同時に春画の上に倒れ込んだ。

「な、何でもない。歌留多を取って遊んでいただけだわな。歌留多は勝負事だからな、つい白熱したんだわな」

 お花は上手く誤魔化した。

「まあ、歌留多?お正月でもあるまいに今時分にでござりまするか?」

 おクキは怪しむ訳ではなく年端もいかぬ娘らしい遊びを微笑ましく思ったようだ。

「だって、サギが歌留多で遊んだことないと言うとったからだわな。もおっ、おクキは邪魔せんで階下したへ下がっとれっ」

 お花はうるさそうに手で追い払って怒鳴る。

 こういう時にサギを持ち出すのは便利だとお花は心得ていた。

「まあ、左様にござりまするか。そろそろ歌留多もご休戦なされまし。もうじきオヤツの支度も出来ましょう」

 おクキは愛想笑いして一階へ下りていった。

 お花が乳母や女中を邪魔者扱いするのはいつものことなので不自然に思われずに済んだようだ。


「――はあ~」

 三人はホッと安堵して身を起こす。

「あぁあ、クシャクシャ。ま、ええわ。松千代姐さんに新しいの貰おっと」

 小梅はせっせと春画を束ねて三味線の袋に仕舞う。

 小梅は生まれも育ちも日本橋芳町であるが、たまに上方の言葉が混じるのは日本橋は上方の江戸店えどだなばかりで、奉公人はすべて上方から江戸へ派遣されてきているので日本橋は上方の者だらけだからである。

 越後屋、大丸、白木屋、松坂屋、西川等々などなど、あっちもこっちも上方の江戸店で日本橋は上方の言葉が飛び交っている町なのだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

B29を撃墜する方法。

ゆみすけ
歴史・時代
 いかに、空の要塞を撃ち落とすか、これは、帝都防空隊の血と汗の物語である。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

架空戦記 旭日旗の元に

葉山宗次郎
歴史・時代
 国力で遙かに勝るアメリカを相手にするべく日本は様々な手を打ってきた。各地で善戦してきたが、国力の差の前には敗退を重ねる。  そして決戦と挑んだマリアナ沖海戦に敗北。日本は終わりかと思われた。  だが、それでも起死回生のチャンスを、日本を存続させるために男達は奮闘する。 カクヨムでも投稿しています

ワルシャワ蜂起に身を投じた唯一の日本人。わずかな記録しか残らず、彼の存在はほとんど知られてはいない。

上郷 葵
歴史・時代
ワルシャワ蜂起に参加した日本人がいたことをご存知だろうか。 これは、歴史に埋もれ、わずかな記録しか残っていない一人の日本人の話である。 1944年、ドイツ占領下のフランス、パリ。 平凡な一人の日本人青年が、戦争という大きな時代の波に呑み込まれていく。 彼はただ、この曇り空の時代が静かに終わることだけを待ち望むような男だった。 しかし、愛国心あふれる者たちとの交流を深めるうちに、自身の隠れていた部分に気づき始める。 斜に構えた皮肉屋でしかなかったはずの男が、スウェーデン、ポーランド、ソ連、シベリアでの流転や苦難の中でも祖国日本を目指し、長い旅を生き抜こうとする。

上意討ち人十兵衛

工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、 道場四天王の一人に数えられ、 ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。 だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。 白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。 その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。 城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。 そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。 相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。 だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、 上意討ちには見届け人がついていた。 十兵衛は目付に呼び出され、 二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。

処理中です...