富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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お葉の目論見

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「お花っ、もっぺんあすぼっ」
 
 サギはあっという間に桔梗屋へ戻ってきた。
 
 ペペン♪
 
「銀のピラピラかんざしぃ さまからもろうて 落とさぬようにと 讃岐さぬき金毘羅こんぴらさんにがんでもかけましょか いやさのようさでいやざんざよんやさ~♪」
 
 ペペン♪
 
つがい離れぬあの蝶々をぉ見るにつけても可愛ゆらし  花にたわむれ舞い遊ぶ それこそ よいよいよいやな~♪」
 
 二階の窓からお花の小唄が聞こえる。
 
『銀のピラピラ簪』は文化、『番い離れぬ』は天保の頃に流行った小唄。
 
「うん。お花は唄は上手ぢゃ」
 
 サギがフンフンと鼻歌で水口から中へ入ると、
 
「おや、サギさん。今しがたミノ坊様が手習い所からお帰りで、サギさんと一緒にオヤツを召し上がるとお待ちにござりますわいなあ」
 
 女中のおクキが台所で待ち構えていたようにサギを茶の間へ連れていった。
 

「ほれ、サギ、ここぢゃ、ここぢゃ」
 
 ミノ坊様と呼ばれている実之介が自分の隣をパタパタと叩いてサギに勧める。
 
 茶の間には実之介と向かい合わせに母のお葉とお枝も座っていた。
 
 おタネとおクキが目八分に箱膳を掲げてオヤツを運んでくる。
 
「ほほ、今日のオヤツは特別にカスティラの耳にあんを挟んだものだえ」
 
 お葉はわざわざ熟練の菓子職人に店の南蛮菓子には使わぬ餡をこしらえさせていた。
 
「うわぃ、美味そうぢゃあ」
 
 サギは目を輝かせて箱膳の真上からオヤツを眺めた。
 
 朱の漆塗りの菓子皿に餡を挟んだカスティラの耳が拍子木ひょうしぎ切りに並んでクロモジが添えてある。
 
 贅沢なおもてなしの菓子のようだ。
 
 香りの良いお茶まである。
 
 この時代はお茶が高価な贅沢品であった。
 

「もお、サギは実之介やお枝の遊び相手でないわな」
 
 お花がおクキに呼ばれてプリプリして二階から下りてきた。
 
 せっかく自分の部屋で恋の唄なんぞ唄って年頃の娘らしくオヤツ時を過ごしたかったのに弟や妹が一緒では台無しだ。
 
「――あれ?お客様用の漆塗りの皿?カスティラの耳に餡まで挟まっとる」
 
 お花はいつになく豪華なオヤツを見て、
 
「お節句でもないのにおっ母さんはどしたんだろの?」
 
 どうにもせぬとコソッとおクキに訊ねた。
 
「へえ、ええ、さあ?」
 
 おクキはいかにも誤魔化すような曖昧な返事をする。
 
 実はお葉は密かにおタネとおクキにこんなことを言っていたのだ。
 
 
 
  それは昨夜のこと、
 
「わしゃ、すっかりサギが気に入った。うちのお花に勝るとも劣らぬ器量良し、活発で丈夫そうな身体、加えて男顔負けの教養、そのくせ高ぶらず素直で明朗な気立て、申し分ないわなあ。わしゃ、決めた。もう草之介の嫁にはあのサギしか考えられん」
 
 キュッと寝間着の紐を結び、お葉はそう言い放った。
 
「まあ、けれど、若旦那様には良い家柄のお嬢様とのご縁談が引きも切らずにござりましょう?」
 
 床をのべていたおタネとおクキは驚いて敷布を伸ばす手を止めた。
 
「そりゃあ、結構な家柄の娘との縁談はあるが、どっおせ不器量な娘だえ。美人と評判の蜂蜜とかいう芸妓げいしゃにのぼせ上がっとる草之介の気に入ろうはずがない。わしだって不器量な嫁だけはイヤだわなあ」
 
 お葉はキッパリと断じた。
 
 美男の貧乏御家人の三男を自分の婿に選んだお葉だけに家柄や財産よりも器量こそが肝心要かんじんかなめなのである。
 
 草之介といい、お花といい、面喰いはこの母譲りらしかった。
 
 大店の跡取り息子で評判の美男の草之介には降るように縁談が舞い込むがお葉はことごとく跳ね返していた。
 
 わざわざ先方から縁談を持ち込んでくる娘など見るまでもなく不器量に決まっている。
 
 なにしろ江戸ははなはだしい嫁不足。
 
 年頃の娘は引く手あまたなのだ。
 
 妹のお花の長唄、踊り、お茶、お華の稽古仲間でも器量良しの娘はとっくに嫁ぎ先が決まっていて、めぼしい娘など一人も残ってやしない。
 
 そのうえ、町人でも器量自慢の娘は将軍家や大名家に女中奉公へ上がって玉の輿を目指す高望みが多かった。
 
 いまいましいことに器量自慢の娘は裕福な大店でも町人の嫁などでは満足しない欲深なのである。
 
 そんなこんなで、ずっと草之介の嫁探しには頭を悩ませていたお葉であったが、
 
「それが、まあ、ひょんなところから、あれほどの器量良しで丈夫で教養高い念願叶った娘が現れようとは」
 
 これこそ縁結びの神様のお引き合わせに違いない。
 
 
 そう天啓を受けたのがサギの書いた漢詩からうたの書を見た昨日の夕方。
 
 そこで、思い立ったが吉日とお葉は美味しい食べ物でサギを手懐てなずけんと昨夜から手筈てはずを整えていたのであった。

 そんなお葉の目論見もくろみなど知る由もなく、
 
「うんっ、こりゃあ美味いっ。カスティラの耳の甘さと餡の塩気がええ加減ぢゃあ」
 
 サギはオヤツをペロリと平らげて、お茶も何杯も飲んだ。
 
「ほほ、まだまだあるが、晩ご飯もたっぷりご馳走したいからオヤツで腹いっぱいにせんようになあ」
 
「えっ?今日も晩ご飯を食うてええのか?うわぃ、ご馳走ぢゃあ」
 
 サギは座ったまま飛び上がるほど万歳する。
 
「ほほ、毎晩でもここで晩ご飯していくとええわなあ」
 
 お葉は狙いどおりに喜ぶサギを見て得たり顔である。
 
 この調子でカスティラの耳のエサで易々やすやすとサギを釣れると確信を持った。
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