23 / 312
腹も身の内
しおりを挟むその晩、
サギは桔梗屋の晩ご飯に呼ばれた。
「お花は我が儘でお転婆な娘だけれど仲良うしてやっておくれ」
お花の母のお葉はふっくらと優しげな笑みを浮かべた。
痩せていた頃はさぞや美人であろうという片鱗を残し、お花を二廻りも丸くしたような容貌である。
やはり贅沢に砂糖をふんだんに使ったカスティラの耳を毎日毎日、朝昼晩のオカズでは肥えるに違いない。
今日の晩ご飯にもカスティラの耳のオカズが並んでいる。
「これはハンペンをカスティラの耳で挟んで巻いたものだわな」
お花が辛子醤油を勧める。
「うん、ハンペンとカスティラの耳が辛子醤油と合うとる。めっぽう美味えっ」
サギは江戸っぽい言葉で言ってみた。
「耳じゃなくカスティラを食べさせてやりたいけど、毎日、焼く分は予約注文だけなんだわな」
お花は自分のオカズもサギにやる。
「美味いから耳だってええ」
サギはカスティラの耳のオカズが大いに気に入った。
「ご老中の田貫様がうちのカスティラがことのほかお気に入りでな。予約注文のうちの半分は田貫様のお屋敷へお届けなんだわな」
お花は伯父の企てた妾奉公の一件など知りもしないので田貫兼次にはカスティラ好きのご老中という認識しかない。
「――老中の田貫?」
サギはその名を聞いてハトとシメが言っていた田貫兼次の悪評を思い出し、
「あっ、そりゃ、賄賂、賄賂でタヌキのカネヅクの悪い奴ぢゃなっ?」
言うや否や、
「これ、黙らっしゃいっ」
お葉にピシャリと叱り付けられた。
「ご無礼な口をお聞きでない。田貫様はそれはそれはご立派なお方。世間の噂を真に受けて言うとるようだが、田貫様を悪く言うのは、まあ、貧乏人の僻み妬みに過ぎぬわなあ。錦庵さんは貧乏人の来るような店でもあるまいに、何故そのような噂が耳に入ったのやら――」
お葉は貧乏人と言う時に憎々しげに侮蔑を込めた。
桔梗屋にとって目の上のたんこぶである貧乏御家人の義兄、白見根太郎に対する憤懣から貧乏というものに激しく嫌悪を抱いているのである。
「ふうん」
サギは目をパチクリさせる。
「桔梗屋は田貫様とは古いお付き合いでようく存じ上げておる。何も関わり合いのない者が何も知らずに噂だけで田貫様を悪く言うのだから、ほんに困りものだわなあ」
お葉は頬に手を当てて大袈裟に吐息した。
田貫兼次はお葉の父である先代の弁十郎と昵懇だったうえにお花の妾奉公を断ってくれたことで桔梗屋にとって有り難い大恩人となっていた。
「うんっ。そういえばそうぢゃ。わしゃ、いっぺんも逢うたことない人を噂だけで悪い奴などと言うてしもうた」
サギはお葉の言葉に納得したように頷く。
元々が無知なだけにサギに固執した考えはない。
「分かっておくれのようだね。気立ての素直な子だわな。お花の仲良しがそういう素直な子で、わしゃ、ホッとした。ほれ、たんとお上がりな」
お葉は満足げに笑んで自分のオカズもサギに差し出す。
「うわぃ、わしゃ五人前は食べるからの。あ、腹が鳴った。わしゃ美味いものを食うと腹の虫がグウグウ鳴っておかわりの催促するんぢゃ。――ご飯、おかわりぃ」
サギは遠慮なしに女中のおクキに茶椀を突き出す。
「へえ、大盛りによそいますわいなあ。ほほっ」
おクキは吊り上がった目を細めて盆に茶椀を受け取る。
「わしのもお上がり」
「あたいのも」
今までおとなしく黙っていた弟の実之介と妹のお枝もサギにオカズを差し出す。
みなカスティラの耳のオカズにほとほと飽き飽きしているようであった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
大陰史記〜出雲国譲りの真相〜
桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
矛先を折る!【完結】
おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。
当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。
そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。
旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。
つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。
この小説は『カクヨム』にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる