富羅鳥城の陰謀

薔薇美

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小僧の明暗

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 一方、
 
 小僧の大部屋では、
 
「なんと、なんと、今日はふかし芋の後に豆菓子まであらぁな」
 
「盆と正月がいっぺんに来たようなたぁ」
 
「あ、このことだぁっ」
 
 小僧等は芝居口調で気分を表して千吉が貰ってきた豆菓子をボリボリと頬張った。
 
 小僧の大部屋は六畳二間続きで四人だと広過ぎるくらいだ。
 
「あああ、お盆も今日までかぁ。明日あすからまたお店で、晩からは手習いと算盤そろばんだぁ」
 
 小僧等はお盆休みを名残惜しむようにゴロゴロとたたみに寝っ転がる。
 
 小僧等の郷里さとの農家などは板間にむしろを敷いただけでたたみもないのだ。
 
「――あれ?お盆は今日までなのに万吉まんきちどんと百吉ももきちどんはまだ帰ってこないね。もう夕方になるのに遅うないかな?」
 
 千吉はふかし芋を食べながら、宿下がりで帰郷した同期の小僧二人の帰りを気に掛けた。
 
「あ、ああ、千吉どんには話しとらんかったが、あの二人は暇を出されて、もう戻ってこなんだよ」
 
 一番年長の一吉が言い難そうに伝える。
 
「ええっ?暇を出された?――け、けど、二人は何も悪いことしないのに」
 
 千吉はまさかと思った。
 
 千吉が桔梗屋に奉公へ来てからクビになった小僧は二人いたが、それは店の菓子を盗み食いしたとがによるものであった。
 
「三年目の宿下がりでまた雇われるかが決まる分かれ目なんだ。つまり、元々は新しく小僧を一人雇うところを三人雇って、そのうちの出来の良い一人だけを残すという訳さ。だって、まだ何も知らん十歳とおやそこらのわらしを雇うんだから分からんだろ?二年も仕込んでみて気立てが良く、物覚えが良く、あきないに向いた者だけが残されるんだ」
 
「だから、三人のうちで千吉どんが残ったということだ」
 
「ほれ、万吉どんは茶番でお客様へお茶を出すにも物怖じしてオドオドしとったし、百吉どんは手習いが下手で算盤そろばんも覚えが悪かったものな」
 
「仕方ないさ」
 
 そういう先輩の小僧等はみな三年目の宿下がりの勝ち残りなのだ。
 
「知らんかった――」
 
 千吉は宿下がりのならわしを知って胸が痛んだ。
 
 百吉と万吉と同期の三人で仲良しだったのに一人しか店に残れぬ仕組みだったとは。
 
 だが、わざと黙って教えなかったのは先輩の小僧等の思いやりだと分かっている。
 
 百吉と万吉は何も知らされずに土産を手に家へ帰って、そこで店へ雇われた時の人宿ひとやど(奉公人を周旋する家)の請人うけにん(身元引受人)を通じて初めて暇を出されたと告げられるということであった。
 
「おいらなんざぁ、たまたま同期の二人が店の菓子を盗み食いしてクビになったから棚ボタで残れただけで手習いも算盤そろばんも苦手だしなぁ」
 
 八十吉やそきちがボソッとこぼす。
 
 昨年に三年目の宿下がりをした八十吉がそういう事情だったので千吉も宿下がりの慣わしについて知らずにいたのだ。
 
「しかし、こうして残ったわし等だって誰が手代になれるかは分からんのだからな」
 
 一吉が腕組みして厳しい顔になった。
 
 来春に十五歳で元服すると一吉は小僧ではなく若衆と呼ばれることになる。
 
 若衆が手代になれるのは十九歳からだが、桔梗屋の手代は三人と決まっている。
 
 手代になれぬ者は宿下がりで暇を出されるし、手代になっても番頭になれぬ者は宿下がりで暇を出されるのだ。
 
 桔梗屋の番頭は三人で年齢は三十代半ばから四十代である。
 
 どこの商家でも奉公人は番頭になるまでは住み込みで、番頭になってからやっと余所に家を借りて妻帯が許される。
 
 小僧から番頭まではまだ二十年もある長い長い勝ち抜き戦だ。
 
「……」
 
 気まずい沈黙。
 
 小僧等の間にドンヨリと暗雲が立ち込めた。
 
「イヤだイヤだっ。おいらぁ、芸人になる。屁放男へっぴりおとこに弟子入りするぞっ」
 
 やにわに沈黙を破り、八十吉がすっくと立ち上がった。
 
「おお~」
 
 他の三人は感服した声を上げる。
 
屁放男へっぴりおとこは里芋をしこたま食うて屁をるそうだ。おいらぁ、オヤツにふかし芋を八個も食うて、豆菓子もしこたま食ったっ」
 
 八十吉は四つん這いで尻を突き上げた屁放男へっぴりおとこの体勢になった。
 
「出るぞ、出るぞ」
 
 小僧等は鼻を摘まんで固唾を呑んで八十吉を見守った。
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