富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
19 / 312

箱入り娘

しおりを挟む
 
 
 そこへ、
 
「おや?サギさん、お花様とお約束にござりましょう?」
 
 女中のおクキが台所の水口から顔を出した。
 
「あっ、そうぢゃ」
 
 サギは慌てて水口から中へ入る。
 
「お花様は今朝から、にわかにご機嫌斜めにござりますわいなあ」
 
「へえ?何でぢゃ?」
 
「昼前に番頭さんが小僧等を連れて両国へ屁放男へっぴりおとこを見に参りましたので、お花様は『小僧等だけズルい』と大層おかんむりにござりますわいなあ」
 
「ふうん、お花も屁放男へっぴりおとこが見たかったんぢゃな」
 
 そんなやり取りをしながらサギはおクキに案内されてお花の部屋のある二階へ上がった。
 
「――お花様?サギさんがおいでにござりまする。ふすまをお開け下さりまし」
 
 お花は部屋の中からふすまにつっかえ棒をしていた。
 
 カタンと中からつっかえ棒が外される。
 
「サギ、中へお入りな。おクキは階下したへ下がっとれっ。お茶も小僧の千吉に持ってこさせておくれ。おクキもおタネも二階へ上がってくるでないわなっ」
 
 お花のプリプリした声が聞こえる。
 
「はいはい。お花様の天の岩戸にござりますわいなあ」
 
 サギにコソッとそう言っておクキはやれやれと階段を下りていった。
 
 
「お花、開けるぞ」
 
 サギはふすまを開けて座敷へ入る。
 
 すると、
 
「あれ?お花、その格好――?」
 
 意外にもお花は豪華なよそゆきの振り袖姿であった。
 
「ふふん、誰が屁放男へっぴりおとこなんぞ見たいものか。あたしゃ、一芝居ひとしばい、打ったんだわな」
 
 お花はにんまりと笑う。
 
「へ?一芝居?」
 
 サギには何のことやら。
 
「あのな、こっそりとうちを抜け出して児雷也に逢いに行くんだわな。サギ、後生だから一緒に付いてきておくれな」
 
 お花は拝むように手を合わせる。
 
「――へ?」
 
 サギはこっそりとうちを抜け出すという訳が飲み込めない。
 
「だって、あたしゃ、乳母のおタネか女中のおクキが付き添わんと出掛けさせて貰えんのだわな。けど、岡惚れのお方に逢いに行くのに二人は邪魔だもの」
 
「それはそうぢゃ」
 
 サギはやっと合点がいった。
 
 お花は日本橋の大店おおだなの大事な箱入り娘なのだ。
 
 そこへ、
 
「お花様、お茶をお持ち致しぁした」
 
 小僧の千吉がお茶と菓子の盆を運んできて襖の外から声を掛けた。
 
「お入りっ」
 
 お花は千吉を座敷へ引っ張り込む。
 
 本来なら小僧の千吉は廊下までで座敷へ入ることは許されない。
 
「あ、あの、あの――」
 
 千吉は屁放男へっぴりおとこを見に行ったことをお花に責め立てられると思ったらしくビクビクしている。
 
「千吉。あたしゃ、サギと出掛けてくる。お前はあたし等が帰るまでここにあたしの代わりにおるんだわな。襖につっかえ棒してな」
 
 お花は千吉に棒を突き出す。
 
「――えっ?で、でも、でも、お花様、どちらへ――?」
 
 千吉は両手で棒にしがみついてオロオロとする。
 
「余計な詮索はおしでないよ。お前はのんびり菓子でも食うて待っとればええんだわな。さ、サギ、参ろう」
 
 お花はソロソロと這い出すように身を屈めて廊下へ出て、足音をひそめて階段を後ろ向きに下り始めた。
 
(ほほお、お花の奴、なかなかの身のこなしぢゃ。忍びの素質があるやもしれん)
 
 サギはお花の後から足音もなく階段を下りていく。
 
「――サギ、先に裏庭から路地へ出とって。あたしゃ、履き物を取ってこんと――」
 
 お花が廊下の先の玄関の下駄箱から、ぽっくりを取り出すと、
 
 コロン。
 
 ぽっくりの鈴が鳴る。
 
「――あわわ――」
 
 お花は慌てて底の鈴を押さえて、廊下をサササと引き返し、縁側から裏庭へ出た。
 
 もう裏庭には他の小僧等の姿もなかった。
 
 みなでオヤツのふかし芋を台所の板間で食べているようだ。
 
 お花はぽっくりが鳴るので裸足で裏庭をササッと抜けた。
 
 サギが先に待っている路地へ小走りで出てから、お花はやっとぽっくりを履く。
 
「何でぽっくりに鈴が入っとるか分かったぞ。娘が抜け出すと音で知れるようにぢゃ」
 
 サギはぽっくりを履いて五寸も背が高くなったお花を見上げて笑った。
 
「猫に鈴を付けるようなものだわな。ああ、きもを冷やした。けど、上手く抜け出せたわな」
 
 お花はウキウキと背に結んでいた風呂敷包みを外して手に持ち直した。
 
「それ、何ぢゃ?」
 
「これは児雷也に差し入れする桔梗屋の菓子だわな。カスティラはご進物の注文の品だから勝手に持ってこられんけど、この菓子だって食べ出したらやめられぬ止まらぬと評判なんだから」
 
 お花は大事そうに風呂敷包みを撫でる。
 
 番頭や手代や草之介や熊五郎にも絶賛の男子おのこに好まれている菓子だ。
 
「へえ」
 
 サギは物欲しげに風呂敷包みを見つめる。
 
「分かっとる。帰ったらオヤツにサギにも食べさしてやるわな」
 
「うんっ」
 
 
 二人はいつでも大勢の人でごった返した日本橋の通りを歩いていく。
 
「児雷也は近江屋おうみやの別宅におるんだそうな。宿屋では贔屓ひいきの客が児雷也を追い掛けてきてうるさいそうでな。これもおクキと近江屋の女中がしゃべるのをこっそり聞いたんだわな」
 
「ふうん」
 
 サギは感心した。
 
 お花のほうがよっぽど忍びのようだ。
 
 サギはちょっとお株を奪われた気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大陰史記〜出雲国譲りの真相〜

桜小径
歴史・時代
古事記、日本書紀、各国風土記などに遺された神話と魏志倭人伝などの中国史書の記述をもとに邪馬台国、古代出雲、古代倭(ヤマト)の国譲りを描く。予定。序章からお読みくださいませ

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

矛先を折る!【完結】

おーぷにんぐ☆あうと
歴史・時代
三国志を題材にしています。劉備玄徳は乱世の中、複数の群雄のもとを上手に渡り歩いていきます。 当然、本人の魅力ありきだと思いますが、それだけではなく事前交渉をまとめる人間がいたはずです。 そう考えて、スポットを当てたのが簡雍でした。 旗揚げ当初からいる簡雍を交渉役として主人公にした物語です。 つたない文章ですが、よろしくお願いいたします。 この小説は『カクヨム』にも投稿しています。

B29を撃墜する方法。

ゆみすけ
歴史・時代
 いかに、空の要塞を撃ち落とすか、これは、帝都防空隊の血と汗の物語である。

処理中です...