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ぼんぼん唄
しおりを挟むゴォン。
昼八つの鐘が鳴る。
「シメはずいぶんと出前から戻るのが遅いのう」
サギは店仕舞いした土間をピョンピョンと跳ね廻って幾度となく連子格子から表を覗いた。
通りは相変わらず人がゾロゾロとひっきりなしに往来している。
『袖振り合うも多生の縁』というが、江戸の町は袖を摺り合わせねば歩けぬほどの人混みなのだ。
「桔梗屋の女中のおクキどんとベラベラしゃべくっとるんぢゃろう。いつものことぢゃ」
ハトは逆立ちしながら両手に雑巾を持って座敷の拭き掃除を終えるとクルンと宙返りして土間に立った。
人目のないところでは忍びらしく動いていないと身体が鈍ってしまう。
「ぼんぼぉん~♪」
手習い所から帰る娘子等が『ぼんぼん唄』を唄いながら通っていく。
ぼんぼん唄は盂蘭盆の頃に娘子等が数人で横並びに繋いだ手を前後に振って歩きながら唄う遊び唄である。
「ぼんぼぉん 盆の十六日ぃにぃ お閻魔様へ詣ろとしたらぁ 珠数の緒が切れてぇ 鼻緒が切れぇてぇ 南無釈迦如来 南無釈迦如来 手で拝むぅ 手で拝む~ぅ♪」
手習い所は昼八つ(午後二時頃)に終わるのだ。
家に帰り着いたらオヤツを食べるに違いない。
今の時季なら白玉、水菓子、心太か。
「腹ペコぢゃあっ」
サギは店の手伝いもせず客の熊五郎と蜂蜜の話を盗み聞きしていただけであるが人一倍すぐに減る腹であった。
ほどなくして、
「おう、桔梗屋さんでスイカぁ貰うたぞ」
シメが大きなスイカを脇に抱えてホクホクと戻ってきた。
店仕舞いの片付けの後でやっと遅い昼飯だ。
「ぼんぼぉ~♪」
我蛇丸は残り飯を菜っぱ飯にして握り飯を作りながら、つい口ずさんで、
「ん――っ」
慌てて口をつぐんだ。
ぼんぼん唄は男子が人前で唄えば指を差されて笑われるほど娘子限定の唄なのだ。
男子で唄っていいのは七歳以下の童までだ。
それよりも菜っぱ飯の握り飯だ。
菜っぱ飯は大根の葉でも小松菜でもなんでもいい。
細かく刻んで白い飯と混ぜ合わせる。
梅干し一つと沢庵二切れを添えて出来上がり。
沢庵は一切れは人切れ、三切れは身切れ、四切れは死切れで縁起が悪いので必ず二切れと決まっている。
飯の白、
菜っぱの緑、
梅干しの赤、
沢庵の黄、
有田焼の藍色のウロコ紋の柄の皿にのせて実に色鮮やかだ。
あとは店の余った油揚げを入れた味噌汁で普段どおりに昼飯のはずだった。
「――ふうん」
サギは不足そうな顔で膳を見廻す。
「あっ、そうぢゃ。富羅鳥山からハトとシメに食わそう思うて持ってきた鳥の味噌漬けがあろうが?」
普段、富羅鳥山の山の幸で豊かな食事をしているので握り飯と漬け物と味噌汁だけなどサギには有り得ない。
「そいつぁ早よ食わんことには味噌漬けいうても江戸の暑さで悪うなるのう」
ハトはさっそく調理場の床板を開けて、床下の土を深く掘って石を囲んで作った貯蔵庫から鳥の味噌漬けを取り出した。
「のう?兄様ぁ」
サギは我蛇丸の後ろへ廻ると袖を摘まんで左右に揺すった。
お決まりのおねだり仕草である。
「なんぢゃ?屁放男なんぞ見に連れて行かんぞ」
我蛇丸はフンと顔を逸らす。
「屁放男ぢゃのうて、舟遊びぢゃあ」
サギはまた我蛇丸の袖を揺すった。
「舟遊びぃ?舟の上で飲み食いするだけぢゃろう?つまらん、つまらん」
我蛇丸は蠅でも追い払うように邪険に手を振る。
「我蛇丸、肝心なところが抜け落ちとる。『美人の芸妓と一緒に舟の上で』ぢゃ。ここが一番、肝心なんぢゃ」
ハトが口を挟む。
「わしゃ、美人の芸妓はいらんのぢゃあ。みんなで舟遊びがしたいんぢゃあ」
サギは座敷に仰向けて手足をバタバタさせた。
お決まりのだだこね仕草である。
「まあ、サギは舟に乗って遊びに行きとうだけなんぢゃから、握り飯でも持って渡し舟で近場の河原へ行って遊んだらええんぢゃ」
ハトがそう提案する。
弁当を持参して渡し舟なら安いものだ。
「そりゃええのう。雉丸もたまには外で遊ばせにゃ身体が鍛えられんしのう」
シメも賛成した。
赤子の雉丸はもうヨチヨチ歩きが出来るのだ。
「それでええぢゃろう?サギ」
ハトは小男で童顔ながら一番年長なだけに良いまとめ役であった。
「うんっ」
サギは手も突かずに座敷からピョンと飛び起きて土間に立ち上がった。
「おう、そうぢゃのう。雉丸もそろそろ忍びとしての鍛錬が――」
我蛇丸が言い掛けると、
「と、と~ん、とん、とんがらし~♪ととん、とんがらし~♪」
表から七色唐辛子の売り声が聞こえてきた。
どうも調子外れな売り声だ。
「――もしや?」
我蛇丸はハッとして連子格子から表を覗いた。
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