富羅鳥城の陰謀

薔薇美

文字の大きさ
上 下
8 / 312

合縁奇縁

しおりを挟む


大変てぇへんだ、大変てぇへんだあ」

 町中まちなか読売よみうりは児雷也の話題一色であった。

「近頃、街道を騒がしてた掏摸すり忠助ちゅうすけってぇ不届き野郎が浅草の見世物小屋でお縄になったってよ。その見世物ってぇのが今、評判の鬼武一座。掏摸すりを見抜いたなぁ一座の花形、児雷也の千里眼だってぇからビックリ仰天だ」

 読売が声を張り上げ、箸でパシパシと掲げた紙面を叩く。

 集まった聴衆は我も我もと大蝦蟇おおがまに乗った児雷也の姿が描いてある一色刷りの読売を八文も出して買っていく。

 かねてより上方が興行拠点である鬼武一座の評判は児雷也を描いた錦絵と共に江戸へ伝わっていた。

 そして、満を持しての江戸へ初お目見え。

 来たら来たで評判を上廻る美しさ、華麗な技で、一夜にして時の人となり、今日の浅草奥山の見世物小屋は明け方から見物客が押し寄せ、大川橋まで続くほどの長蛇の列だという。

 昨日の今日でやけに早く読売が刷り上がったと思いきや、事前に用意してあったものらしい。

 その読売の内容は児雷也の奇々怪々たる生い立ちについてであった。


「いやはやなんとも、昨日ほどたまげたこたぁありゃしねぇ。児雷也は妖術使いだってぇけど、まったくだよ。なにしろ、児雷也の生い立ちたるや、まあ、聞きねえ」

 錦庵の常連客である醤油酢問屋、丸正屋まるまさやの熊五郎は店の土間に立ち、ついさっき買ってきた読売を手に演説ぶった。

 熊五郎は財布を抜かれた見物客の一人で、児雷也に「丸に正の印の半纏はんてんのお方」と呼ばれたのが昨日からこっち、なによりの自慢であった。

「あの児雷也、かのかぐや姫が生まれた竹林の竹から生まれ、かの芭蕉翁ばしょうおうが古池やぁと詠んだ古池に百年棲むってぇ大蝦蟇おおがまに妖術を伝授され、鞍馬山ではかの牛若丸を育てたってぇ天狗に軽業を伝授され、それから、鬼ヶ島ではかの桃太郎の退治から逃れた鬼に剣術を伝授されたってぇんだから、なるほど納得の神業ってぇ訳だよ」

 生一本の熊五郎は児雷也の出鱈目でたらめな生い立ちを真に受け、児雷也が掏摸すりを見抜いたのは読売の口上どおりに千里眼と信じて疑わなかった。

「おう、熊さん。そこへ立ってられると邪魔ぢゃあ」

 シメが調理場から盛り蕎麦のせいろが五枚ずつ重なった角盆を運びながら熊五郎を尻で押しのける。

 錦庵の店の造りは藍染めの暖簾のれんをくぐると丁字の土間を挟んで左右に小上がりの座敷が六畳ずつ、土間の突き当たりの暖簾口の奥に調理場がある。

 熊五郎は百貫デブというような肥えた男で通路をふさいでしまうのだ。

 やぶ入りのため日本橋は買い物客で賑わい、錦庵は普段よりも客が立て混んできていた。


「熊さん熊さんっ。わしな、サギいうんぢゃ」

 いつの間にやらサギは暖簾口のれんぐちから飛び出て、小上がりの座敷に胡座あぐらの熊五郎の横にちょこんと腰を下ろした。

 サギは調理場と店との仕切りの暖簾口から店の様子を覗いているうちにすっかり熊五郎に親しみを覚えていた。

「なぁらほどねぇ。サギちゃんとあっしゃ、同じ掏摸すりに財布を抜かれた仲間同士ってぇ訳だ。これぁ合縁奇縁ってぇヤツだよ」

 熊五郎は生まれも育ちも江戸らしく、ら行が小気味良く巻き舌になる。


 ひとしきり二人は児雷也の舞台の話に花を咲かせ、熊五郎は昼日中から卵焼きをつまみに冷や酒でチビチビとやりだした。

 こう見えて熊五郎は丸正屋の若旦那。

 日本橋で醤油といえば丸正屋と誰しもが言うほど名の知れた大店である。

 いずれの大店の若旦那もそうであるように熊五郎もまたブラブラと盛り場を遊び歩くのが日々の務めであった。

 遊びも知らぬ不粋では取引先の旦那衆におもてなしも出来やしない。

 大店の若旦那はまずは遊び歩いて方々ほうぼうへ顔を繋ぐのである。

 それがために熊五郎はまめまめしく遊び歩き、食べ歩いて、町ではちょっとした顔であった。

「お待たせしぁしたぁ」

 シメが熊五郎の前にドドンとせいろが二列に十五枚ずつ重なった角盆を置いた。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、三十枚っ?」

 大食らいのサギをしても盛り蕎麦三十枚には面食らう。

「なぁに、江戸じゃ昔っからぁ『蕎麦っ食いは身の丈』ってなあ。重ねたせいろの高さがてめぇの身の丈くれぇがちょうど適量なのよ」

 熊五郎は胡座あぐらの腰を浮かし気味に自分の顔よりも高い十五枚重ねのせいろのてっぺんに箸を伸ばす。

「ほおお」

 サギは江戸っ子の大食らいに感心した。

 当然、サギはあとで重ねたせいろと背比べして自分の身の丈の枚数を確かめるつもりであった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

武蔵要塞1945 ~ 戦艦武蔵あらため第34特別根拠地隊、沖縄の地で斯く戦えり

もろこし
歴史・時代
史実ではレイテ湾に向かう途上で沈んだ戦艦武蔵ですが、本作ではからくも生き残り、最終的に沖縄の海岸に座礁します。 海軍からは見捨てられた武蔵でしたが、戦力不足に悩む現地陸軍と手を握り沖縄防衛の中核となります。 無敵の要塞と化した武蔵は沖縄に来襲する連合軍を次々と撃破。その活躍は連合国の戦争計画を徐々に狂わせていきます。

出撃!特殊戦略潜水艦隊

ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。 大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。 戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。 潜水空母   伊号第400型潜水艦〜4隻。 広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。 一度書いてみたかったIF戦記物。 この機会に挑戦してみます。

連合航空艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1929年のロンドン海軍軍縮条約を機に海軍内では新時代の軍備についての議論が活発に行われるようになった。その中で生れたのが”航空艦隊主義”だった。この考えは当初、一部の中堅将校や青年将校が唱えていたものだが途中からいわゆる海軍左派である山本五十六や米内光政がこの考えを支持し始めて実現のためにの政治力を駆使し始めた。この航空艦隊主義と言うものは”重巡以上の大型艦を全て空母に改装する”というかなり極端なものだった。それでも1936年の条約失効を持って日本海軍は航空艦隊主義に傾注していくことになる。 デモ版と言っては何ですが、こんなものも書く予定があるんだなぁ程度に思ってい頂けると幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本には1942年当時世界最強の機動部隊があった!

明日ハレル
歴史・時代
第2次世界大戦に突入した日本帝国に生き残る道はあったのか?模索して行きたいと思います。 当時6隻の空母を集中使用した南雲機動部隊は航空機300余機を持つ世界最強の戦力でした。 ただ彼らにもレーダーを持たない、空母の直掩機との無線連絡が出来ない、ダメージコントロールが未熟である。制空権の確保という理論が判っていない、空母戦術への理解が無い等多くの問題があります。 空母が誕生して戦術的な物を求めても無理があるでしょう。ただどの様に強力な攻撃部隊を持っていても敵地上空での制空権が確保できなけれな、簡単に言えば攻撃隊を守れなけれな無駄だと言う事です。 空母部隊が対峙した場合敵側の直掩機を強力な戦闘機部隊を攻撃の前の送って一掃する手もあります。 日本のゼロ戦は優秀ですが、悪迄軽戦闘機であり大馬力のPー47やF4U等が出てくれば苦戦は免れません。 この為旧式ですが96式陸攻で使われた金星エンジンをチューンナップし、金星3型エンジン1350馬力に再生させこれを積んだ戦闘機、爆撃機、攻撃機、偵察機を陸海軍共通で戦う。 共通と言う所が大事で国力の小さい日本には試作機も絞って開発すべきで、陸海軍別々に開発する余裕は無いのです。 その他数多くの改良点はありますが、本文で少しづつ紹介して行きましょう。

処理中です...