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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

Strike while the iron is hot(鉄は熱いうちに打て)

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「はいよっ」

 調理場からカレーの寸胴鍋を持って出てきたのはマーサだった。

 これが去年までならいつもどおりのことだが、

「――え?マーサさん?もう辞めるって言ってたのに?」

 メラリーは目をパチクリさせる。

「いえね、そのつもりだったんだけどさ。退院してから、昼間、家に1人でいても話し相手は猫だけだし、退屈で退屈で。身体はこのとおりピンピンしてるし、元気なうちは働くことにしたんだよぉ」

 マーサは重たいカレーの寸胴鍋だって調理場から配膳台まで「ほいさ」と軽々と運べるほどパワフルだ。

「だってねぇ、マーサさんに辞められたら、わたし等みんな困っちゃうんだから」

 調理スタッフのアマンダが横から口を挟む。

「ああ。今年の面談ではステンレスのザルとボウルを買い替えるようにきっちり言っておくからね」

 マーサは頼もしげに胸を叩く。

 これまでもタウンの地主という裏技で毎年の契約更新の面談のたびにキャスト食堂のあらゆる不備を運営側に改善させてきた。

 タウンの影の大番長の正体が明らかになって尚更にキャスト食堂のスタッフにとってマーサは必要不可欠な力強い存在なのだ。


「はい、オ・マ・ケ。メラリーちゃんは育ちざかりだから」

 今日もマーサはメラリーのカレーに肉をどっさり15ケも入れてくれた。

「わぁい♪肉だらけっ」

 メラリーは今こそタウンに戻ってきてホントに良かったと心から思った。

 このビーフカレーが大盛りでもたった500円で食べられるのだ。

 次のジョーのカレーにも太田のカレーにもアランのカレーにも肉は4ケほどしか入ってない。

「うあ?肉、少なっ。ちょっと、何でいつもメラリーばっかり?」

 アランはついにマーサに文句を言った。

「そうっすよ。俺等なんか一度もオマケしてもらったことないし」

「ないっす」

 トムとフレディも文句に便乗する。

「言ったろ?メラリーちゃんは育ちざかりだからって。あんた等、そんだけデカイ図体して、とっくに育ってんだからさ」

 マーサが他のキャストにはオマケしてくれなかったのは、とっくに育っていたからだったのか。


「――おや?そういえば」

 太田はメラリーと肩を並べて配膳台のセルフサービスの福神漬けを取りながら気付いた。

「気のせいでしょうか?メラリーちゃん、背が伸びてませんか?」

「え?ホントに?」

 メラリーは回れ左で太田と向かい合う。

「ほら、前はもっとメラリーちゃんの視線が上目遣いになったのに」

 太田は172cmで168cmのメラリーとは4cm差があったのだが、今、並んでみるとそこまでの差は見られない。

「どれ?背中合わせに立ってみ?」

 ジョーがメラリーと太田の頭の上にトレイを置いた。

「お、メラリー、170cmあるかもだぜ?」

 水平に並んだトレイの高さは2cm差というところか。

「まだ19歳でしょ~。やっぱり育ちざかりだもの~」

 コスチューム担当のタマラは「リニューアルのコスチュームでは寸法、取り直したほうがいいわね~」と言った。

「――背が伸びた?」

 メラリーの顔がパアッと輝いた。

 精神的な成長はビミョーだが身体的な成長は確かにしているのだ。


 ~~♪
(曲は『焼肉食べ放題の歌』)

 メラリーのケータイが鳴る。

「あ、ガンマン会の爺さんからだ」

【メラリーちゃん、おかえり~。(*^^*)ノ明日、ガンマン会のみんなでウェスタン・ショウ観に行くからね~。横断幕、持ってね~】

 相変わらず能天気なメールだ。

「わぁい♪みんなで観に来てくれるって」

「さすがに情報が早いな」

「ガンマン会の爺さんにはジョーさんファンの女子高生の孫娘がいますからね」

 明日はメラリー復帰のショウだからと盛り上げてくれるつもりなのだろう。


 クララとアランはガンマンキャストの後ろ側のテーブルにいた。

 このテーブルの端っこの席はクララが1人でガンマンキャストの会話を盗み聞きするための定位置だったのだが、まさかカップルで向かい合って食事する日が来ようとは。

「俺、ちょっと考えたんだけど、クララちゃんは来月で23歳だろ?どうせ結婚するなら善は急げで、22歳の2月22日に入籍だけでもしない?」

 アランがだしぬけに提案した。

「え?今日は15日だから1週間しかないわよ?」

 クララはあまりに唐突なのでビックリする。

「だって、俺、ゾロ目って好きなんだよね。俺んちからクララちゃんちまでは車で20分くらいだし、1週間あればお互いの家に挨拶に行けるよね?」

「22歳の2月22日――」

 クララは復唱してみた。

「クララちゃんの来月の誕生日も考えたけど、誕生日と結婚記念日が被ったらお祝いが1日で済んじゃってつまらないしさ」

 アランはどちらの日にもお祝いをする気満々なのだ。


「いいねっ。ニャンニャン、ニャン、ニャンニャンだよっ」

「結婚記念日にサイコーだよねっ」

 猫好きなバミーとバーバラが後ろに振り返って口を出す。


「クララ、決めちゃいなさいよぉ」

「覚えやすくていいじゃん」

 アニタもケントも背中を押す。


「物には時節よ」

「好機逸すべからず」

 マダムもロバートも押す、押す。


「そうねぇ。言われてみれば一番良い日かも」

 クララはすっかりその気になった。

「じゃ、俺、クララちゃんの仕事が休みの木曜にご両親に挨拶にサンサンパンへ行くよ」

「うん。じゃ、金曜にわたしがアランのお宅へ行くわね」

 そして、次の日曜には晴れて入籍だ。

「あ、ミーナに教えよっと」

 クララは『ご報告があるので仕事の帰りにミーナんちに寄ってもいい?(*'ω'*)』とミーナにメールした。

「うふふ」

 ミーナのビックリする顔が目に浮かぶ。

 まったく急な話だが、2月22日、あと1週間でクララはアランのお嫁さんになるのだ。


「俺、ちょっと背が伸びて、心も広くなった気がするんだ。アニタとケントが交際無期限休止をあっさり撤回してイチャイチャしていても、アランとクララさんがゾロ目に入籍でも、良かった、良かったと心から祝福するし~」

 メラリーはビーフカレーをモグモグしながら言った。

「俺にはファンがいるし~、ファンのみんなが恋人と思うことにしたから~」

 ガラにもない優等生発言。

 そういえば、メラリーはドスコイ体型のギャルがバレンタイン・プレゼントに手編みのセーターをくれたラムちゃん(馬場崎ばばさき良夢らむ)だということをまだ知らない。

(黙ってようぜ?)

(はい)

 ジョーと太田は目と目で頷き合った。
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