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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
Gone with the wind(風と共に去りぬ)
しおりを挟むその後、
グリーティングは滞りなく終了し、ショウのキャストがゾロゾロと地下通路へ下りていくと、
「なんかグリーティングで一悶着あったそうね?」
ゴードンが内股走りでやってきた。
早速、ショウのスタッフが事の次第を報告する。
「ま、要するにメラリーちゃんファンの嫌がらせだったのね」
キャスト側に落ち度はなかったことにゴードンはホッとした。
「ゴードンさん?何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんですかっ?もう今日限りで辞めていいですか?2月いっぱいの約束だけど、もうメラリーってヒトの代役なんか真っ平御免ですからっ」
新キャストのビートは憤懣やるかたなくゴードンに詰め寄った。
「なに?」「どした?」
ショウのキャストは何事かと驚いて振り返る。
(――?)
メラリーは先回りして地下通路の階段下に潜んで覗き見している。
「2月いっぱいの約束?」
ジョーが怪訝に片眉を吊り上げてゴードンを見た。
「ほほほ、実はビートちゃんは2月中だけメラリーちゃんの代役をお願いって頼んでお借りしてきたのよ」
「お借りしてきた?どこから?」
ジョーが追究する。
「お江戸の町よ。改めて紹介するわね。お江戸の町の忍者キャスト、美童丸こと尾藤つかさちゃんです~」
ゴードンが声高らかにビートを指し示す。
「あ、キャストじゃなく演者です。忍びの一座の美童丸。美少年顔だけど忍者歴7年の26歳です」
カッ、
カッ、
カッ、
ビート改め美童丸は挨拶代わりに手裏剣を壁に向けて飛ばしてみせた。
「お江戸の町の忍者?ジャンルは違えど同業者だったのかっ」
ジョーは思わずのけぞる。
しかも芸歴7年とはジョーよりも長い。
「どうりで舞台慣れしている訳だわね」
「俺等と同い年かよ」
「だな」
「そうか。お江戸の町は2月中はリニューアル工事で休業中だったな」
マダム、トム、フレディ、ロバートも呆気に取られる。
よもや商売敵の大型遊興施設『お江戸の町』の演者が入り込んでいたとは思いもしなかった。
「だって、ズブの素人をいきなりショウに出せっこないでしょ?それに、今まで勝手にライバル視していたけど、休業中だから遠慮なくどうぞと快く美童丸ちゃんを貸してくださって、それであちらのスーパーバイザーの方ともすっかり意気投合しちゃったのよ」
ゴードンはご機嫌で説明する。
「スーパーバイザーじゃなく興行師の旦那です」
美童丸が間髪入れずに訂正する。
ことさらに横文字を避けるのがお江戸の町の演者だ。
「それで、夏休みのスペシャル・イベントとしてウェスタン・ショウと忍びの一座のコラボでガンマンvs忍者が対決しようって企画中なのよ」
ゴードンは嬉々として発表する。
「だから、これからは『打倒!忍者』を目指して特訓してもらわないとだわよ。――メラリーちゃん、いいわね?」
クルリと向き直ったゴードンはメラリーが隠れている階段下を指差した。
(げっ?気付かれてたっ?)
メラリーは階段下で屈んだまま固まった。
「ほほほっ、ガンマンは目が良いのよ。わたしだって15年前までは本場アメリカのウェスタン・ショウで鳴らした凄腕ガンマンなんですからね」
ゴードンが高笑いする。
「俺も気付いてたぜ。グリーティングの時からメラリーが馬小屋で覗いてたの」
「わたしだって」
「俺もな」
どうやらガンマンはみな気付いていたのだ。
「あ、俺等は気付かなかった」
「だな」
トムとフレディはガックリと肩を落とす。
「――」
メラリーは観念して階段下から這い出ると、
「あの、俺、ゴードンさんに追い出されたんすけど?」
チラッとゴードンを見やった。
「面談でゴードンさんに『クビよ』『顔も見たくないわ』とまで言われたんすけど?」
果たして、この暴君のオッサンは己れの失言を撤回するであろうか。
ところが、
「あらっ?わたしが?そんなヒドイことを言ってメラリーちゃんを追い出した?えええ?まったく記憶にないけど?キャロライン、あなた、覚えてる?」
ゴードンは目をまん丸に見開いて下手な芝居ですっとぼけた。
「いいえ。わたしも記憶にありませんが」
秘書のキャロラインまで同調する。
「ほら、キャロラインも記憶にないって。面談にいたのは3人だけだし、そのうち2人が知らないって言うんだから。メラリーちゃんの幻聴かしらね?」
多数決で逃げを打つか。
どうやらゴードンはシレッと何事もなかったことにするつもりらしい。
(――ま、いいか)
メラリーは脱力したが意外なほどサッパリした気分だった。
ゴードンが謝らないなら自分も謝らなければいいだけだ。
「メラリー、2週間も休んじゃって。勘を取り戻すの大変よ」
マダムがわざと「メッ」という怒った顔をする。
「特訓じゃ足りねえな。猛特訓だな」
ロバートがメラリーの頭を軽くポンポンと叩く。
「はいぃ」
メラリーは明るくケロッと返事した。
内心ではショウのキャストに戻れたという安堵で泣きそうだった。
「グスン、グスン」
いつの間にか泣いているのはジョーのほうだった。
ただジジイのように涙腺が弱いだけなのだが。
「グスッ――」
バッキーのヘッドの中からも鼻を啜る音がした。
(バッキー、着ぐるみの中で泣いたら地獄だよっ?)
(自分の顔を手で触れないんだよ?涙も鼻水も垂れ流しだよっ?)
バミーとバーバラはあたふたと身振り手振りでバッキーに注意する。
(ああっ、しまったっ)
バッキーの太田はヘッドの中から自分のグローブの手を見てジタバタした。
ボタボタとヘッドの中に涙と鼻水が落ちるに任せるしかない。
「ブシュン、グシュンッ」
鼻が噛めないのでムズムズしてクシャミが止まらない。
「グシュン、ブェッ、クションッ」
身悶えしてクシャミしながらバコバコとバックステージへ駆けていく。
たしかにちょっとした地獄だった。
「ふは~、キャスト食堂のビーフカレーのニオイ~」
メラリーはバックステージの廊下に漂うニオイを2週間ぶりにスーハーと嗅いだ。
もう胃袋がビーフカレーを待ち構えている。
ガンマンキャストが控え室へ向かうと途中の廊下でビート改め美童丸が待っていた。
「短い間でしたがお世話になりました」
さすがに忍者らしく早業で着替えを済ませたようだ。
「――」
ジョーは渋面して黙っている。
数々の大人げない振る舞いがみっともなくて返す言葉もない。
「ああ、せっかくピンチヒッターを務めてくれたのに色々と不愉快な思いをさせて申し訳ない」
ロバートがガンマンのリーダーとして慇懃に謝った。
「いいえ」
美童丸はロバートには笑顔で首を振ってみせてから、
「ジョーさん?今までのお礼はガンマン対忍者の対決でたっぷりとさせていただきますから」
そう不敵に笑って一陣の風のようにタウンを去っていった。
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