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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
6 inches to hell (地獄まで6インチ)
しおりを挟む一方、同じ頃、
「へえ~、クララは今頃、バレンタイン・ディナーなんだ?わたしなんてバレンタイン限定スイーツ最終日だからオープンから行列で目が回るほど忙しくてさ~」
「わたしだってバレンタイン限定グッズ最終日で忙しくて目が回ったよ~」
土日バイトのアメリカン・ホームメイドパイの店のデボラとキャラクターショップのダイアナはキャスト食堂でスーザンとチェルシーと一緒にハンバーグ定食を食べていた。
「ねえ?ずっとダラダラして9時になったらタウンで花火見物のカップル冷やかしてから帰らない?」
「ね~。クリスマスイブに出来た彼氏とバレンタインデーまで持たないなんて、きまり悪くって早く帰りたくないわよね~?」
スーザンとチェルシーはモテモテで彼氏に不自由したことはないが長続きしたためしもなかった。
「――」
その4人のテーブルの脇を羽根飾り1本のヘッドバンドを着けた三つ編みの女のコが通り過ぎていく。
「ルルちゃん、もう帰るだろ?送ってくよ」
先住民キャストが声を掛ける。
「うん」
ルルはいつも先住民キャストの誰かしらにバイクで送ってもらって帰宅していた。
兄のレッドストンの過保護で365日、15人のインディアンに護衛されているルルなのでバレンタインにデートする相手などいる訳もなかった。
ブルルル――
「じゃ、おやすみ~」
「ありがと」
今日も普段どおりにバイクであっという間にペンション『若草の切妻屋根の小さな家』に到着し、ルルを降ろすと先住民キャストはタウンへ戻っていく。
ふと、
(――あれ?この紺色の、バッキーさんの車だ)
ルルはペンションの駐車場で見覚えのある太田の車に気付いた。
(バッキーさんが何でうちのペンションに来てるの?)
妙に気になって別棟の自宅へ帰らずにペンションへと向かう。
(――あっ)
食堂のガラス窓に太田の姿が見えた。
太田はデザートの手作り苺アイスを食べながら楽しげに笑っている。
向かい側に座っているメラリーの姿はルルの位置からは壁に隠れて見えない。
ただメラリーのピンク色のセーターの袖がチラッと目に入った。
(バレンタインデーに創作和風フレンチを女のコと?)
(まさかデートなの?)
(バッキーさんが?)
ガンッ!
不意打ちにルルは脳天をトマホークで真っ二つにカチ割られたかのようなショックを受けた。
太田が自分のことを好きらしいとは察していた。
良いヒトだとは思っていたが太田などまったく眼中になかった。
ルルの理想のタイプは美形の王子様なのだから。
(それなのに、まるでフラれたような、この惨めな気持ちは何なの?)
思えば、馬術部の先輩のアランにフラれ、メラリーにもフラれ、そのうえ、恋愛対象ですらなかった太田にまで。
太田はイメチェンして以前より格好良くなったし、騎兵隊キャストにも受かったし、にわかにモテモテになってデートする相手も出来て、自分のことなど見限ってしまったのか。
(だって、バッキーさんはわたしのこと好きだったはずなのに?)
(だから、不味いお弁当だって無理して食べてくれたんでしょ?)
(だけど、もう、わたしのこと何とも思ってないの?)
信頼していた相手に裏切られたような許せないような感情が溢れ出す。
一方的な逆恨みの感情だが。
(バッキーさんなんか大キライっ)
(元々、何とも思ってなかったけど、今は大キライよっ)
(すぐに心変わりするヒトなんて信じらんないんだからっ)
ルルはバッと身を翻し、自宅へと駆け出した。
もう誰からも、太田からも相手にされなくなったのだと思って涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「いやあ、今日は思いがけず美味し過ぎる創作和風フレンチを堪能して、この2週間の近況報告も出来たし、大満足です~」
太田は食後のコーヒーを飲みながら満ち足りて吐息した。
近況報告では新キャストのビートが入ったことや、ジョーがビートを追い出そうとしていることや、メラリーファンの女子高生がゴードンを生卵で襲撃したことなどを詳細に話して聞かせた。
メラリーは太田の話にご機嫌でうひゃうひゃ笑った。
その時の談笑の様子をまさかルルがガラス窓の外から見て女のコとデートしていると誤解していたとは太田は夢にも思わなかった。
「そうだ。俺が手作り体験で作ったウインナーとチーズ、お土産に持っていきなよ~」
メラリーは2週間の滞在中に手作り体験はそれぞれ3回もしている。
「うわあ、メラリーちゃんの手作りなんて感激です~」
太田はメラリーからお土産の紙袋を渡されてホクホク顔で自分の車でタウンへ戻っていった。
また一方、
「――」
ジョーは虚ろにタウンのバックステージの長い廊下を歩いていた。
空腹なのだろうか、力が出ない。
ビーフカレーを食べたような食べていないような記憶も定かではなかった。
手付かずのカレーをトムに食べられたこともジョーはまったく気付いていなかったのだ。
その時、
「お先に失礼しま~す」
前方の練習場の扉が開いてビートが出てきた。
射撃の練習をしていたようだ。
(ちっ、生意気に)
どうせすぐに追い出してやるのに練習など無駄なことをするビートの存在がイライラとジョーの神経を逆撫でする。
ここは、脅しの一つも言ってやらねばと、
「おい、お前、ワイルド・ウェスタンのこんな言葉を知ってるか?」
ジョーはすれ違いざまビートに声を掛けた。
「ウェスタンの知識はあんまり――」
ビートは胡散臭げに振り返ってジョーを見やる。
「ワイルド・ウェスタンでは『一番近い郵便局まで200マイル、隣の家まで100マイル、けれど、地獄までは6インチ』――ってな」
ジョーは「地獄」と言うところで語尾を強めてビートを睨んだ。
これは西部開拓時代に開拓に絶望して開拓地を去った者が空き家の壁に書き残した落書きの言葉らしい。
「日本的に言うと『一寸先は闇』ですか?」
ビートは好戦的にジョーを見返す。
新入りのくせに初対面から何故だか敵意を感じる眼差しだ。
「ま、そういうことだから覚悟しておけって忠告しといてやったぜ」
ジョーは思わせぶりに言ってニヤリと片頬で笑うと、また歩き出した。
ウェスタン・ショウの看板スタァという立場上、「これからお前に嫌がらせして追い出してやるからな」とあからさまに言う訳にはいかないので遠回しに言ったのだ。
またまた一方、
ホテルアラバハでは、
「お客様?大丈夫ですか?お客様ぁ?」
レストランの女性スタッフがクララをレストルームへ探しに来たところだった。
食事を終えてレストルームに立ったクララが15分経っても戻ってこないのでアランが女性スタッフに見に行ってもらったのだ。
「あら?」
女性スタッフは床の足元にコロコロと転がってきたリップカラーを拾い上げた。
「――くかぁ~」
案の定、酔いつぶれたクララはパウダーコーナーの鏡台にうつ伏して爆睡しているではないか。
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