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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

Twinkling little star (きらめく小さな星)

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 あれは昨年の夏のこと。


 メラリーは椅子に座るなり、

「――あっ?なんか俺だけ肉が少ないっっ」
   
 キョロキョロと左右のジョーとロバートのカレーと自分のカレーを見比べて声を上げた。

 今日はいつもメラリーにオマケしてくれる配膳係のマーサおばさんが休みの日なのだ。

「育ち盛りなのにっ。ジョーさんやロバートさんと違って、俺は育ち盛りなのにっっ」

 メラリーはスプーンを振り上げてわめく。

「あ~、やる、やる」

「ほらよ」
   
 ジョーとロバートは自分のカレーの牛肉をポイポイとメラリーの皿に入れてやる。

「……」

 太田はじいっと自分の冷やしうどんを見つめた。

 ワサビ。
 きゅうり。
 温泉卵。
 わかめ。
   
「……」

 メラリーにやる肉がなく寂しい太田。


「やた~~っ♪肉だらけ~~♪」
   
 メラリーは満面の笑みで牛肉増し増しのビーフカレーを頬張った。



「グスン、グスン」

 ジョーはひとしきり思い出し泣きにむせんだ。

 もはや周囲のキャストはジョーのメラロスの発作はとっくに見飽きてしまったので誰も目もくれない。

「グスン、グスン、――バッキー、ハ、ハンカチ貸して――あ、あれ?」

 ジョーはハッとして涙目をパチパチとしばたいた。

 顔を上げると向かい側に座っていたはずの太田の姿がない。

「ああ、バッキーならだいぶ前に出ていっちゃったっすよ」

「俺等が来たのと入れ違いに」

 トムとフレディは日替わり定食を食べ終えたところだったが、「あ、それ、食べないんなら俺等がいただきます」とジョーの手付かずのビーフカレーの皿をひったくった。

 もうすっかり冷めたカレーには膜が張っている。

「ええ?バッキー、いつの間にどこに?」

 ジョーは仕方なくジャージの袖で涙を拭いてキョロキョロした。

 レッドストンに呼ばれて太田が出ていったことなどジョーはまったく気付いてなかった。


 一方、

 その頃。

(ええと、『若草の切妻屋根の小さな家』というくらいだから、あの緑色の屋根の建物ですかね?)

 太田は自分の車でウェスタン・タウンから隣のウェスタン牧場の広大な牧草地を横切り、さらに車を進めて10分ほどの荒刃波高原のペンション『若草の切妻屋根の小さな家』にやってきた。

 すると、

「あ、来た。バッキー、やっほ~」

 ウッドデッキの手すりからメラリーが笑顔でブンブンと手を振っていた。

「メ、メラリーちゃん、何で俺が来ることが?」

 太田がビックリと訊ねる。

「だって、昨日、晩ご飯の後、ここに立って星空を眺めてたらレッドストンがインディアンバイクで頭の羽根飾りをなびかせながら走り去っていくのが見えたからさ」

 メラリーはレッドストンは太田にだけ自分の居所を教えるであろうと予想していたのだ。

「あの赤いインディアンバイクに乗って?羽根飾りも被ったままで?」

 太田は開いた口が塞がらなかった。

(だから目立ち過ぎだと言うのにっ。レッドストンはっ)

 だが、バレバレならば話は早い。

 太田は単刀直入に「メラリーちゃんを連れ戻しに来たんです」と要件を告げた。

「ふぅん」

 メラリーはとたんに難しい顔になる。

「けどさ、べつに俺が自分で好き好んでタウンを出てきた訳じゃないじゃん。俺、ゴードンさんに『クビよっ』って追い出されたんだから」

 ゴードンが前言撤回して自分に詫びて「戻ってきて」と言わなければ戻れないとメラリーは主張した。

「戻らない、じゃなくて、戻れない、だからね?」

 メラリーはそこのところを強調する。

「むぅん、たしかにメラリーちゃんは理不尽にクビになって追い出されたという立場でしたね」

 太田も頭を抱えた。

 秘書のキャロラインの言うとおりメラリーには何ら落ち度はないのだから、メラリーがゴードンに頭を下げて戻るいわれはないのだ。


「あ、今、陶芸の絵付け体験してたんだ」

 メラリーはペンションの工房の細長い木製のテーブルに着くと素焼きの皿に絵の続きを描き出した。

「それは、さつまいもの天婦羅の絵ですか?」

 太田はメラリーの描く絵はホワイトボードの食べ物の落書きしか見たことがない。

「違う。これは子羊じゃん」

 メラリーは気を悪くするでもなく黄色い絵の具で星を描きながら歌い出した。

「Twinkle twinkle little star,How I wonder what you are~♪(きらめく、きらめく、小さな星。あなたはいったい何者なの)」

 どうやら子羊が星空を飛んでいる絵柄のようだ。

「えへへ、ラムちゃんにバレンタインのお返しにと思って」

 メラリーは自分の着ているピンク色の手編みのセーターを引っ張ってみせた。

 ダサいと言っていたのに、案外、お気に入りのようだ。


(ラムちゃんだから子羊の絵ですか――)

 太田は複雑な面持ちで絵皿を見つめた。

 丸々と肥えた子羊で奇遇にもドスコイ体型のラムちゃんに似ていないこともない。

 だが、どんなビミョーな絵でもメラリーに手描きの絵皿を貰ったら、あのドスコイ体型のギャルは狂喜乱舞することだろう。

(はあぁ、まだメラリーちゃんはあのドスコイ体型のギャルがラムちゃんだとは知らないんですよね)

 太田は深く嘆息した。

 もし、メラリーがラムちゃんの正体を知ったら夢が壊れて、ますますタウンに戻る気持ちが失せてしまうに違いない。


「よしっ、完成~」

 メラリーは最後にピンク色の絵の具で『良夢ちゃんへ』と描いた。
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