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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
the earth is still spinning (それでも地球は回っている)
しおりを挟む一方、
ロビーの窓辺のテーブル席では、
「わたし、先日、晴れて二十歳の誕生日を迎えたんです。ジョーさんのハニーの条件をクリアしたんです。それなのに――」
パティが切なげに長い睫毛を伏せて嘆息していた。
「ああ、ジョーさんはあのとおりメラリーちゃんロスでハニーどころじゃないものね」
クララは素っ気なく相槌を打って、キャスト食堂に目を向けた。
「――」
キャスト食堂のテーブル席ではジョーが一人でビーフカレーを虚ろに見つめている。
(どうせビーフカレーを見てメラリーちゃんのことを思い出しているんだわ)
メラリーが出ていってから毎日毎日ジョーはあのとおりなのだ。
(ふんだっ)
ちょっと癪に障るが、実のところ、この2週間ばかりクララはご機嫌ルンルンだった。
自分のヒロイン・ポジションを奪っている邪魔なメラリーがいなくなったうえに、ジョーはメラロスでハニーとのエロ活動さえ放棄なのだ。
これでパティのハニー志願も叶わず計画倒れに終わることだろう。
(うふふ、何もかも、わたしの思いどおりじゃない?)
クララは世界が自分を中心に回っているような天動説な気分になった。
「せっかくジョーさんとの初体験に備えてエステでバストアップコースを受けているのに――」
パティは自分の胸を見下ろして、また嘆息した。
「あら、もう、行かないとバスに遅れるわよ。エステの予約の時間なんでしょ?」
クララは時計を見てパティを追い立てる。
エステは25万円も前金で支払い済みの5回コースのまだ途中なので今日もこれからバストアップコースに予約してあるというのだ。
「はい、行ってきます。今月中の初体験は無理でも、わたし、まだハニーの望みは捨ててませんから」
パティは諦めの悪いことを言って急ぎ足でロビーを出ていった。
(ずっと無理っ。一生、無理よっ)
クララは窓から見えるパティの背に向かって内心でそう断言する。
その時、
「あああ、あのコ、小さい頃から頭のネジのゆるいコだとは思っていたけど、あそこまでとは思わなかったなぁ」
背後で嘆かわしげなアランの声がした。
「えっ?アラン?」
クララがビックリと振り返ると、アランはすぐ後ろの椅子で背中合わせに座っていた。
ロビーはキャストの出入りがひっきりなしなのでアランがいつ来たのか、パティとのおしゃべりに夢中でまったく気付かなかった。
今の自分の(無理よっ)という意地悪な顔が窓ガラスに映って見られたかと思うと気まずい。
「なによ。乙女の会話を盗み聞きなんて失礼ね」
クララは邪険に「あっち行って」と追い払う手付きをしたが、アランはお構いなしに椅子に後ろ向きに跨って顔を近づけた。
「なにが乙女だよ?あのコ、ジョーさんのハニーになりたいだって?スケコマシのセフレになりたいなんて呆れてモノも言えないよ」
アランは今初めてパティのハニー志願のことを知ったようだ。
パティは荒刃波で一番大きいあらばは病院のお嬢様で、アランとは家族ぐるみの付き合いの幼馴染みなのだからパティの軽はずみな言動は見過ごせないのだろう。
「そうよね?絶対にダメよね?」
クララはこれでパティのハニー志願を阻止する頼もしい味方を得たと思った。
「あ、そうだ。あのコのことなんかより、クララちゃん?今日、何の日か忘れてない?」
アランは自分のテーブルから紙袋を取って開いて見せる。
「なあに?リボンの付いた可愛い箱がいっぱい。ハートの柄が多いけど――あっ」
そこで、やっとクララは今日が何の日か思い出した。
「今日、14日?やだもう、バレンタインだったのね」
今晩の予定だったバレンタインのダブルダブルデートがスーザンとヘンリー、チェルシーとハワードの破局と、アニタとケントの交際無期限休止でキャンセルになったので、すっかりクララの脳内から消去されていたのだ。
(いくらなんでも初めての彼氏と初めてのバレンタインなのに――)
クララは天然記念物乙女という呪縛のせいか自分にアランという彼氏がいることをうっかり失念してしまうのだ。
よくよく見れば紙袋には20個以上のチョコの包みがある。
アランがショウとパレードの終了後にゲストの女のコ達から貰ったのだ。
(まだアランにこんなにファンがいたなんて。アランにわたしという結婚前提の彼女がいることはタウンのいなご新聞にも載っている公然の事実なのに。わたしのレベルなら勝てるとでも思ってのアプローチなのかしら?)
クララはまるで喧嘩を売られたかのようにチョコの包みを好戦的に睨んだ。
「クララちゃんからチョコもないのかぁ。バレンタイン限定のプーピーパイ、美味しいって評判だし、食べたかったなぁ」
アランは催促がましく具体的なチョコのスイーツまで挙げる。
「あら、わたしだってプーピーパイなら作れるわよ。明日、作ってくるわ」
クララはニッコリしてアランに頷いてみせた。
プーピーパイの材料なら買わずともいっぱいあるではないか。
「これ、ちょうどいいから、ちょうだい?全部、混ぜて溶かして作るから」
売られた喧嘩は買わなくてならない。
「え?全部、混ぜて?メーカーも種類もバラバラのチョコだけど?」
アランはなんだか怪しそうな顔をした。
せっかくの手作りなら美味しいのが食べたい。
「だって、全部、チョコでしょ?全部、混ぜたってチョコはチョコよ」
クララは意に介さず紙袋をひったくる。
モテる彼氏のおかげでバレンタインが楽しみになったとポジティブに思った。
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