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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
on and off (オンとオフ)
しおりを挟む「え~、今回は残念ながら合格者はいませんでした。皆さん、お疲れ様でした」
ゴードンが無念そうに告げて、『第二のメラリーを探せ!オーディション』は終了となった。
「まっ、当然の結果ですねっ」
太田はフンと鼻息を飛ばしてパイプ椅子から立ち上がる。
「――」
ジョーは電池切れの機械人形のように微動だにせずパイプ椅子に座ったままだ。
「あ~あ、とんだ無駄骨だった。これ、廃棄してっ」
バサッ。
ゴードンはぞんざいに候補者のエントリーシートを秘書のキャロラインに放り投げる。
「ゴートンさん、非情だわ。メラリーの後釜なんか募集してることをメラリーが知ったら戻りたくなっても戻れなくなるじゃない?」
マダムがゴードンの行く手を塞いで苦言を呈した。
「あら、メラリーちゃんは知ってるわよ。わたしだって、『ホントは戻りたいんでしょ?意地張ってないで戻るなら今のうちよ』ってメラリーちゃんにメールしたんだから。でも、戻る気は全然ないって。『どうぞお気遣いなく。新しいキャストを決めてくださって結構です』ってメラリーちゃんがそう返信してきたのよ」
ゴードンはこれが証拠とばかりにメールを開き、ケータイ画面をマダムの鼻先に突き出した。
「まあ、どうやらゴードンさんが嫌味っぽいメールを送ったせいで、かえってメラリーを意固地にさせちゃったらしいわね」
「メラリーのことさら丁寧な文面に意固地さが表れてるな」
マダムとロバートはやれやれと嘆息する。
「メラリーなんか、ゴードンさんがちょっと下手に出て、『わたしが悪かったわ。お願いだから戻ってきてちょうだい』ってなメールしてたらケロッと戻ってきたのによ」
「だな」
トムとフレディは呆れ顔した。
まったくゴードンはキャストをまとめるスーパーバイザーとして身に付けるべき素養の何もかもが欠如しているのだ。
「なによ。みんなしてわたしを悪者扱いしてっ。メラリーちゃんは前向きだし、賢いコなの。ガンマンに向いてないって思ったら、さっさと見切りつけて別の道に向かって一人でとっとと歩けるコなの。ジョーちゃんもその後ろ向きな姿勢、いい加減にして、メラリーちゃんを見習って前向きになったらどうなの?」
ゴードンは一応は励ましのつもりでジョーの肩をポンポンと叩いて多目的ホールを後にした。
「――」
ジョーは電池切れの機械人形のまま無反応だ。
だが、その時、
ピロリン♪
ふいにジョーのケータイが鳴った。
『ジョーちゃ~ん?今から店に来れる~?』
アラバハ商店街の美豆里寿司の爺さんからだ。
メラリーの消息に関する新たな情報が入ったに違いない。
「――っ」
ジョーは機械人形にいきなり電源が入ったようにパチッと目を見開くと、
「すぐ行くっ」
すぐさま多目的ホールを飛び出し、長い廊下の50メートル先のゴードンをも追い越し、突風のように駆け抜けていく。
「ジョーさん、ま、待ってください~」
太田はゼイゼイと息を切らし、ジョーを追っていった。
美豆里寿司に飛び込むと、妙齢の美女がカウンター席に座って寿司を摘まんでいた。
「――あっ、メラリーのママリンの?」
ジョーは美女の顔はよく覚えているほうだ。
「お久しぶりです」
美豆里寿司にいたのはメラリーの元・継母でメラリーの父親の秘書の早矢子だった。
「ずっと店先から駅前を見張っていたら、見覚えのある美女が改札口から出てきてさ。そしたら、早矢子さんだったんで声を掛けて、この店に引っ張ってきたんだよ~」
薬局の爺さんが手柄顔して説明する。
見ると、店にはガンマン会でも暇そうな爺さんが5人も来ている。
「わたし、昨年12月26日の涼ちゃんのガンマンデビューの日は東京にトンボ帰りだったので、今回は1週間の休暇を取って荒刃波温泉でゆっくりしようと思って来たんです。そしたら、まさか涼ちゃんがタウンを辞めて出ていっった後だなんて――」
早矢子は意気消沈という面持ちで頬に手を当てて吐息した。
サプライズで来てメラリーをビックリさせるつもりの早矢子のほうがビックリさせられるという思わぬ展開になってしまったのだ。
「早矢子さんも知らなかったのか」
「ということはメラリーちゃんはまだ東京の自宅には帰ってないんですね」
ジョーも太田もガックリと肩を落とした。
ゴードンはまだメラリーの父親には何も連絡していなかった。
さしものゴードンも人様の未成年の子息を預かった責任ある立場でありながら自分がメラリーを追い出したことが親に知れたらマズイと思ったのだろう。
ゴードンのメールにメラリーから返信は来たのだから無事でいることは分かっているので安心している節もある。
「それで、ついさっき、わたしも涼ちゃんにメールしたんです。『帰ってこないと警察に捜索願いを出すわよっ』って、ちょっと脅かしたんですけど――あっ?」
~~♪
早矢子がカウンターの上のケータイを手に取ったタイミングで着メロが鳴った。
「涼ちゃんから返信だわっ」
気が急くようにメールを開くと、
『まだ帰らないけど、このとおり元気だから心配なく~』という文面と添付画像にメラリーが映っていた。
「この場所は――」
ジョーは探偵よろしく眉根を寄せて画像を凝視した。
どこかの飲食店で撮ったらしく、満面の笑みでピースしているメラリーの前のテーブルに素焼きの小鉢と湯呑みが並んでいる。
「和食の店か?この湯呑みは、美豆里寿司のでも甘味処のでも鰻屋のでもない。見たことのねえ湯呑みだな」
ジョーが思案げに顔をしかめる。
「――え?ジョーさん、今まで行った食べ物屋の湯呑み、すべて把握しているんですか?」
太田は(何?そのスキル?)と思ったが、
「まあな」
ジョーは事もなげに答えた。
実家が茶道具屋でジョーが器に詳しいなどということを太田は知らなかった。
「わし等もこんな店は知らないなあ」
「このメラリーちゃんの後ろの壁紙なんかお洒落じゃない?」
「うん。アラバハ商店街の飲食店じゃないことは間違いないねえ」
この荒刃波に生まれ育って70年以上の爺さん連中も画像を観て首を捻る。
「そうだっ。たしか、タイガーが正月休みに食べたメニューをメラリーに見せびらかしてたよなっ?」
ジョーはハタと思い出した。
ロバートの息子のタイガーは祖母の佳代が滞在中の12月25日から明けて1月15日までの毎晩毎晩、荒刃波の店で外食しては食べたメニューの画像付きメールを自慢げにメラリーに送っていたのだ。
「タイガー?今、どこだ?」
ジョーがタイガーのケータイに電話すると、ちょうどタイガーは駅近くの英会話教室からの帰宅途中で、その足で美豆里寿司にやってきた。
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