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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

Eat chocolate pie to death (チョコレートパイを死ぬほど食べる)

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 その午後。

「やた~♪バレンタイン限定のチョコスイーツ~♪」

「いつものショウとパレードの後では完売してますからね~♪」

「おう。雨キャン、サイコー♪」

「だなっ♪」

 メラリー、太田、トム、フレディは雨キャンを有意義に過ごすべくタウンのアメリカン・ホームメイドパイの店へ来ていた。

 タウンでは限定スイーツを午後3時くらいまでに完売する量しか作らない出し惜しみスイーツ戦法を実施しているのでショウのキャストは雨キャンの日だけが食べられるチャンスなのだ。

「4人ともプーピーパイとスモアーズとピーナッツバターチョコレートパイを1個ずつ~」

 プーピーパイはチョコ味の固めのパンみたいな生地にクリームを挟んだスイーツ。

 スモアーズはグラハムクラッカーに板チョコとマシュマロを挟んで軽く炙ったスイーツ。

 ピーナッツバターチョコレートパイは名前のとおりのスイーツ。

 どれもアメリカの伝統的なスイーツだ。


「ううう、脳天が痺れるほど甘い~。さすが日本人の舌に合わせてマイルドに改良せず昔ながらの郷土の味を貫くタウンの頑固ケーキ職人のメリケン魂~」

「これぞ本格派のアメリカン・ホームメイドパイですね。クドいほどの濃厚さで今にも鼻血が出そうです~」

「けど、やみつきになるクドい甘さにフォークが止まらねえ~」

「かあ~、ジリジリと胸が焼ける~」

 テーブル席で4人が悶絶しながらスイーツを貪っていると、

「――あ?ウェスタン・ショウのメラリーちゃんだ」

「ホントだ」

「雨キャンでタウンにいるんだ?」

 店に入ってきたゲストの女のコ3人が意外そうにメラリーを見つめた。

 けれど、このウェスタン・タウンは普段からショウのキャストがプライベートで施設内をウロチョロしているようなテーマパークなのだ。

「――ん?ゲストの女のコ達がこっち見てる」

 メラリーは自分からゲストの女のコ達に笑顔で手を振った。

 地元の女子高生と思しき、ほどほどに可愛いコ達だ。

「きゃあ~」「メラリーちゃん~」「可愛い~」

 一斉に女のコ3人の嬌声が弾け飛ぶ。

 これで、ご新規さんのファンを3人獲得したかも知れない。

 すこぶる晴れやかな気分だ。

 この調子で残された期間はファンサービスに徹しようとメラリーは思った。

「――はっ」

 太田はついバッキーのつもりで自分も手を振っていたが、着ぐるみじゃないことに気付いて慌てて手を引っ込めた。

「あっ、俺等も一緒に笑顔で手を振ったほうが好感度アップだったんじゃね?」

「もう遅せえよ」

 トムとフレディは(俺等だってショウのキャストなのに)(ちえっ、メラリーばっかり)という仏頂面を見せてしまったことを今さら悔やんだ。

「さっきね、騎兵隊キャストの2人にナンパされたの~」

「でも、なんか怖そうだったから逃げてきちゃった」

「名前、分かんないけど」

 女のコ3人がわざわざ教えてくれる。

 ナンパしてきた怖そうな騎兵隊キャストとはヘンリーとハワードのことに違いない。

「へえ~」

 メラリーは女のコ達に(グッジョブ)と、ヘンリーとハワードに(ザマミロ)と思った。

 元々、ヘンリーとハワードは動作や言葉遣いが粗暴なうえにスーザンとチェルシーとのケンカが尾を引いて不機嫌さが顔に滲み出ていたのだろう。

「メラリーちゃん、一緒にツーショット撮って~?」

「うん。喜んで~」

 メラリーは愛想良く女のコ3人と順番にツーショットを撮った。

 だが、

「ああっ?マジで?」

「わたし等、メラリーちゃんよりも顔デカクないっ?」

「うわぁ、なにこれ、ヤバ~」

 女のコ3人はそれぞれのケータイのツーショット画像を見てショックの悲鳴を上げた。

 女子高生といえどタウンに遊びに来る時はナチュラルメイクくらいは抜かりないというのにスッピンのメラリーのほうが百倍も可愛いのだ。

「あ、俺とツーショット撮ると誰でも小顔で可愛く見えるけど?」

「俺も顔デカイし」

 トムとフレディは良かれと思って余計なことを言った。

 まったくデリカシーのない奴等だ。

「……」

 女のコ3人はトムとフレディの申し出は無視して、「あ、そろそろシアター行こうか?」「そうだね」「じゃあ」と素っ気なくきびすを返した。

「――」

 メラリーはポカンとして女のコ3人の後ろ姿を見送る。

 せっかく雨キャンを有意義に女子高生と楽しくおしゃべりしたかったのに。

「まあ、あのコ達も横にメラリーちゃんさえいなければ可愛いほうなんですが」

「いまいましいけど対比的にメラリーが並んでいると俺でもたいがいの女のコはメラリーよりブスに見えるからな」

「だな」

 太田、トム、フレディが残念そうに言う。

(ふんっ、どうせ俺はモテないんだ。そこいらの女のコよりも可愛いせいで――)

 ブスッ。

 メラリーはチョコレートパイにフォークを突き刺す。

「はあ~、女のコにもフラれたか~。今、こうして俺等がパイに噛り付いている間にもジョーさんは――」

「パイはパイでも――あ、バッキーが睨んでるから、その先は言わねえけど」

 トムとフレディはガタ下がりの気分をさらに落とし込むように余計なことを言う。

「――言わぬが花ですね」

 太田は雨粒の窓ガラスの外を眺めて遠い目をした。

 今頃、ジョーはエロ活動でハニーとお楽しみの真っ最中なのだ。

(くう~、ムカつく~)

 メラリーはやけ食いのようにむしゃくしゃとチョコレートパイに噛り付いた。


 そうこうして、パイを完食した4人が地下通路を歩いてバックステージへ戻っていくと、どこからともなくトランペットの『皆殺しの歌』が聴こえてきた。

 ~~♪

 バックステージの建物のポーチに哀愁を絵に描いたような佇まいでトランペットを吹いている男がいる。

「あれ、ケントじゃん?」

「タウンにスイーツを食べに行こうと誘ったのに、1人で『皆殺しの歌』を吹いているとは穏やかじゃないですね」

「そーいや、アニタも雨キャンだから逢うって言ってたのに一緒じゃねえな」

「案外、ケントとアニタも破局だったり?」

 4人が期待半分でそんなことを言うと、

「ああ、アニタは4月のカンカンデビューまでは脇目も振らずダンスのレッスンに専念したいってさ」

 ケントはガックリとトランペットを下ろして溜め息を吐いた。

 つい先ほどケントはアニタから交際の無期限休止を告げられたのだ。

「ふぅん、そもそも女のコとイチャイチャしようなんて贅沢の極みだし~」

「そうですよ。俺達のようにオヤツに1個1000円以下で買える幸せを満喫していたら、それで充分じゃないですか」

「女は裏切るがスイーツは裏切らねえ」

「だな」

 メラリー、太田、トム、フレディに同情の気持ちは欠片もない。

 むしろケントが独り身になって喜ばしく思っているようだ。

「――」

 ケントは(コイツ等の仲間入りはイヤだな)という虚ろな目をして、また溜め息を吐いた。
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