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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
She brought his lunch today. (今日、彼女はお弁当を持ってきた)
しおりを挟むあくる日。
「おはようございます~。今日も雲一つない快晴で風もなく絶好のガンファイト日和ですね。昨日と何ら変わりなく同じように思える今日ですが、ただ、昨日と違っていることは、今日の俺は騎兵隊キャストに合格した俺だということなんです~」
太田はキャスト食堂に現れるなり晴れ晴れとした顔でことさら説明っぽい挨拶をした。
「バッキー、おめでと~」
「やったな」
今の時間帯は早めの昼食に来たショウのキャストがほとんどで楽団キャストやカンカンの踊り子のテーブルから拍手と祝福の声が飛び交う。
「ありがとうございます~」
太田は意気揚々とテーブルの間の通路から配膳台へと進んで満面の笑みで祝福に答える。
(そうだわ。今日のわたしも昨日とは違っているわたしなんだわ)
クララはキャスト食堂の洗面台で手を洗いながら(決心したのよ)という意思を込めた強い眼差しで鏡を見つめた。
「今日はポテトサラダよ」
いつものようにお惣菜の大きなタッパーをガンマンキャストのテーブルに置く。
アニタの父親からダンボール1箱もじゃがいもを貰ったのでポテトサラダなのだ。
「わあ、ポテトサラダ、ハムいっぱい~」
「美味しそ~」
バミーとバーバラが率先して受け取るがガンマンキャストと太田も食べるので量はたっぷりだ。
ちなみにクララのポテトサラダはキュウリは入れずにハム、タマネギ、ニンジン、チーズが入っている。
「俺、ポテトサラダに合わせてカレーにしよっと~」
「カレーにポテトサラダ、美味いよな」
「あ、いいですね~」
メラリーとジョーと太田が配膳台のカレーの前に進んでいくと、「わたしも」「俺も」とバミー、バーバラ、トム、フレディも後に続いた。
何故かカレーは誰かが頼むとたちまち他のヒトまで誘引されてしまう。
キャスト食堂のビーフカレーはじゃがいもは入っておらず、肉以外の具材は煮え溶けたドロドロなタイプだ。
クララは配膳台には進まずに通路に立っていた。
今日のクララはピクニックのようなバスケットを抱えている。
ガンマンキャストの隣の空いたテーブルを気にして待つこと2、3分。
騎兵隊キャストがぞろぞろとやってきた。
マーティがテーブルに着いてランチバッグから弁当箱を取り出した。
「……」
みな、素知らぬ顔をしながらも興味津々にマーティの弁当に注目している。
マーティはおもむろに弁当箱の蓋を開けた。
果たして、
今日の弁当は海苔を巻いたおにぎり、おかずは鶏のつくね、卵焼き、ウインナー、ほうれん草とエリンギのバター炒めだった。
「おおっ、ついに違うメニューかっ」
「しかも、おかずが凝ってるっ。エマちゃん、やれば出来るじゃないかっ」
ヘンリーとハワードが背後から弁当箱を覗き込み、称賛でマーティの肩をバシバシと叩く。
だが、
「いや、今日の弁当は俺が自分で作ったんだ」
マーティはさも当然として言った。
「え?エマさんに三色弁当はもうイヤだって言わなかったんだ?」
メラリーが不満げに顔をしかめる。
「言う訳ないだろ。だいたい俺んちでは子供の頃から母親の作った料理に不満でも言おうものなら父親に『文句を言う奴は自分で作れ』って厳しく怒られて育ったし」
マーティには元からエマに文句を言うという選択肢などなかった。
「エマちゃんには『弁当はこれから俺が自分で作るから』って言ったよ」
マーティは今までエマが赤ん坊の世話で大変なのに弁当を作ってくれることにも申し訳ないと気兼ねしていたのだ。
エマは「そう、分かったわ」と至ってフツーの声音で答えたが、マーティは卵焼きを焼いていたのでエマの顔は見ていなかった。
その時、エマは苦虫を噛み潰したような顔でマーティの後ろ姿を睨んだのだが。
(いや、そういうことじゃなくて)とメラリーとマダムと太田は焦れったく思った。
マーティとエマの夫婦としての問題なのだ。
優等生のマーティに落ち度がある訳ではないが、その他人行儀な態度がそもそも問題なのだ。
メラリーはせっかく自分がマーティとエマのお互いに本音を吐かずに表面的に取り繕った関係に一石を投じてやったのに無駄にしたのかとガッカリだった。
「……」
ジョーは他人の夫婦の問題になど関心がないので、自分のカレーの肉をポイポイとメラリーのカレーに入れてやっていた。
「俺もカレーにしよ」
「俺も」
何とはなしに気抜けした騎兵隊キャストはぞろぞろと配膳台へ向かった。
「あ、アラン?ちょっと待って。クララちゃん、お弁当を作ってきたんじゃない?」
マダムが慌ててアランを呼び止めた。
「あ、はい」
クララはハッとしてバスケットを抱えたまま頷く。
マーティがエマの愛妻弁当に終止符を打ったのに、自分がアランに手作り弁当など言い出しづらい雰囲気だったので察しのいいマダムのおかげで助かった。
「ええっ?お弁当?俺に?クララちゃんが俺に手作り弁当?いったい急にどういう風の吹き回しで?」
アランは大袈裟に驚いて目をパチクリさせる。
昨日の別れ際のクララの素っ気ない態度から今日の手作り弁当の間にいったいどんな心境の変化が起きたのかと思った。
(なんて愚問を)
クララは決まり悪そうにアランの顔を見返す。
(タウンの女のコ達にアランの彼女アピールしたいから――なんて正直に答える訳ないでしょ?)
「急に追い風が吹いたのよ。わたし、すごい前進してるんだから」
クララはそう答えてバスケットをグイと突き出す。
「へえ?」
アランは怪訝そうにバスケットを受け取って胸元に抱えた。
「ねえ?せっかくだから外で2人で食べたら?今日は春みたいなポカポカ陽気だし。――ほら、ロバートとウルフも外でお弁当しているわ」
マダムが指す窓ガラスの外を見やると、芝生の上の丸太のベンチでロバートとウルフ、ロッキーとカレンが向かい合ってお弁当を広げている。
「お?ロバートさんとロッキーさん、すっかりパパ友って感じじゃん」
ジョーはニヤニヤしながら窓ガラスの外を眺める。
強面の大男2人がチビッコのための可愛い手作り弁当でなかなか微笑ましい光景だ。
「じゃ、外に行こうか?」
「うん」
アランがごく自然にクララの手を取ったので、2人は手を繋いで外の芝生へ向かった。
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