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第12弾 ショウほど素敵な商売はない
He felt better for having said it.(彼はそれを言ってせいせいした)
しおりを挟む「ダイヤは『乗ってやる』なんて挑戦的な態度ではまずダメでね、『乗ってもよろしいでしょうか?』という丁重な態度だとオッケーらしいんだ。けど、分かっていても、わたしもダイヤには一度も乗せてもらえないがね」
ダンは難攻不落のダイヤに乗れた太田に羨ましげに目を細めた。
「へえ?ダンさんでもダイヤに乗れないんだ?」
メラリーは乗馬のベテランのダンでも乗れないと聞いて嬉しそうだ。
「ははは、ダイヤは面食いでね。若いイケメンじゃないと気に入らないんだよ」
ダンは一番、付き合いの短いメラリーと何故か一番、気さくに話している。
メラリーは天性の我が儘王子であるがジジババを手懐ける孫スキルもあるらしい。
「すみません。ダイヤにジョーさんがいくらでも遊んでくれると言ってしまったもので」
太田は恐縮しながらジョーにダイヤと遊んでくれるように頼んだ。
「ああ、お安いご用だぜ~」
ジョーは気軽に応じて自分のウェスタンハットを取るとクルクルと指で回した。
「念願叶って合格は嬉しいんですが、なんだかニンジンならぬジョーさんを目の前にぶら下げてダイヤを走らせたようで、胸を張って正々堂々と勝負したとは言えない複雑な心境です」
太田が馬鹿正直にダイヤとの約束を打ち明けると、
「あら、このわたしが実技審査で合格を決めたとでも思ったら大間違いよ」
ゴードンは「ふふん」と鼻で笑って、
「だいたい、うちの馬はみんなプロ意識が高くて優秀だから本番のショウでは馬がちゃんとやってくれちゃうの。ライダーの馬術なんかより重要なのはルックスよっ。あなたはショボい候補者の中では一番ルックスが良かったから合格にしたのよっ」
そう断じて騎兵隊オーディションを総括した。
マダムが「ほらね」と言うように太田にウィンクしてみせる。
「はあ、マダムが美容院でのイメチェンを強く勧めてくれなかったら合格は出来なかったかも知れないです」
太田は強引に美容院を予約してくれたマダムに感謝した。
あれほど乗馬の特訓をしたのにルックス重視のゴードンには関係なかったと思うとガックリだが、とにかく合格したのだから良しとした。
「そーれっ」
ジョーが自分のウェスタンハットをシュッと高く投げ飛ばすと、ダイヤが棹立ちになってカプッと空中でハットを咥えてキャッチする。
「すごぉいっ。馬ってあんなフリスビードッグみたいなことするの?」
クララは観客席から立って、柵に身を乗り出し、ダイヤと遊ぶジョーを嬉々として眺める。
「よその馬は知らないけど、ウェスタン・ショウの馬はするよ~」
「犬に出来ることならだいたい出来るよ。それに馬のほうは背が高いから、ほらっ」
バミーとバーバラが「あんなことも」と指を差す。
ダイヤはハットを咥えたままジョーの元へ駆けていって、ジョーの頭にポスッとハットを被せた。
「すごぉいっ。賢ぉい~」
クララはパチパチと手を叩く。
騎兵隊オーディションでジョーとダイヤの遊びが観られるとは思わなかったので得した気分だ。
ほどなくして、
「さ、祝勝会、祝勝会~。ダンさん、ナバホシチュー食べたことある~?」
「ああ、何度かね」
「メラリー、ダンさんはタウンのオープン時から10年いたんだぜ~?」
メラリーとジョーと太田はダンを挟んで野外ステージのゲートへ向かった。
そこへ、
「バッキーさん、合格おめでとう。お父さん、わたし、先にクラブハウスへ戻ってるわね」
ずっとゲートの脇で実技審査を観ていたエマが肥えた身体をちぢこませてペコリとした。
「ええ?ダンさんに『お父さん』って?」
「エマちゃんって一人娘だったよな?」
「年の離れたお姉さんがいたとか?」
先住民キャストはまだ丸っこいオバサンの正体が20㎏増のエマだとは夢にも思っていない。
「……」
身の置き場のないエマは足早に去ろうとしたが、
「――ちょっと待って。エマさんっ」
無情にもメラリーが名指しで呼び止めた。
「――?」
憧れのマドンナだった頃のエマしか知らないキャストに(あれがエマちゃん?)(まさか?)(嘘だろ?)というような声にならない動揺が広がる。
「……」
メラリーは怖い顔して歩いていってエマの前で立ち止まった。
「ここで逢ったが百年目――じゃないけど、エマさんに逢ったらずっと言おう言おうと思ってたことがあるんだっ」
まるで果たし状でも突き付けるような勢いだ。
「どしたんだ?メラリーの奴」
「さあ?」
ジョーも太田も何事かと顔を見合わせる。
「俺は乗馬クラブの会員じゃないのにダンさんが好意で乗馬を教えてくれてお世話になってるのに、すごい恩知らずだからズケズケと言わしてもらうけど――っ」
「……」
エマはぐっと堪えるようにメラリーを見返した。
男のコなのに女のコよりも可愛いメラリーと大勢のヒトの前で向かい合って顔を付き合わせるのは屈辱的だった。
元々がプロポーション抜群の美女だったエマだけに容姿に対する劣等感に耐える免疫力がまだ付いていないのだ。
「――エマさんっ、マーティに毎日毎日、同じお弁当のオカズ、いい加減にしてよっ」
メラリーはキッパリと言い放った。
「――おおお~~」
キャストから驚きの声が上がる。
かねがねキャスト食堂でマーティの愛妻弁当を見るたびに思いっ切り顔をしかめていたメラリーだが、ついに我慢の限界だったのだ。
この9ヶ月の間、毎日毎日、同じ弁当を食べ続けているマーティはまだまだ我慢しているというのに。
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