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第12弾 ショウほど素敵な商売はない

It's not a dream. (夢じゃないんだ)

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「15番スタート!」

 ついに太田の番。

「ダイヤ~、お願いしますよ~」

 太田はスティラップ(あぶみ)に左足を掛けるとスサッと右足を上げてダイヤの背のサドルに跨がった。

 すると、

「――うわっ?」

 ダイヤは太田の合図も待たず、猛ダッシュで駆け出した。

 パッカ、
 パッカ、

「ダ、ダイヤ、待って下さいぃっ」

 実技審査では前の候補者と5メートルの間隔を保って走らなければならないというのに、ダイヤはあっという間に14番を追い抜いてしまった。


「うおっ?振り落とされない?」

「ちゃんと乗っかって駆けてるぜっ」

「し、信じらんねえっ」

 みなはビックリと目を見張る。


 太田を乗せたダイヤは13番、12番、11番と前の馬をごぼう抜きし、とうとう先頭に躍り出て2周目に入っている。

 パッカ、
 パッカ、

 ダイヤは全速力で駆け抜けて、もう3周目に入った。


「はい、15番、ゴール~」

 ゴードンがニッコリして旗を振る。

「はあ~ぁ」

 太田は(――終わった――)とダイヤの上でぐったりと脱力した。

 当のダイヤは「やれやれ、終わったわ」という涼しい顔して曲走路の内側へ進んでいく。

 おそらくダイヤはさっさと実技を終わらせて早くジョーと遊びたかったのだ。

 ダイヤは先住民キャストの間を「そこのけ、そこのけ」とばかりに鼻先で掻き分けて、輪の中で屈み込んでいるジョーに辿り着いた。

「ダイヤ、やっぱり、お前、賢いな――」

 ジョーはホッと一息してダイヤの鼻筋を撫で撫でした。


 しかし、太田がゴールしても他の候補者のライディングはまだ続いている。

 他の候補者は曲走路の内枠のコースをはみ出すこともなく列を乱さず各々が5メートルの間隔を空けて整然と走って順々にゴールした。

「ふぅん、馬術だけはまあまあというところね。『平均身長180㎝以上のイケメン揃い』が売り文句の騎兵隊キャストのオーディションに10人並みのルックスで厚かましくエントリーしてきただけのことはあるわ」

 ゴードンと騎兵隊キャストはステージの上から候補者のライディングを審査していた。

 しっかりと3周を走り終えた候補者には気の毒だが、もうすでにゴードンと騎兵隊キャストの票は決まっていた。


「では、合格者を発表します。騎兵隊オーディションの合格者はエントリーNo.108、太田邦生さんですっ」

 ゴードンが声高らかに発表した。


「有り得ねえっ」

「あのヒト、実技審査のルール無視して勝手に駆け回っただけなのにっ」

「納得いきませんっ」

 案の定、他の候補者から大ブーイングが起きた。


「ま、そんなこと言うなら、あなた達、この馬に乗ってごらんなさい」

 ゴードンが手のひらを向けてダイヤを示す。

 他の候補者14人は「ふん、乗れない訳ないだろ」「見てやがれ」という挑戦的な態度でダイヤに跨がろうとしたが、

「うわっ?」

「ひゃあっ」

「ぐあっ」

 14人の誰も彼もサドルに腰を据えることも出来ずに暴れ馬ダイヤに無惨に振り落とされた。

「ほほほっ、分かったでしょ?このダイヤにジョーちゃん以外で乗れたのは合格者の108番が初めてなのよっ」

 ゴードンは高笑いする。


「何でこの馬に乗れんだよ?」

「信じらんねえ」

「あ~、負けだわ」

 他の候補者14人は落馬して痛いほど納得したらしく、すごすごと退場していった。


「――ご、合格――?」

 太田はさすがにあの勝手なライディングで合格は無理だろうと諦めていたので狐につままれたようにポカンとした。


「バッキー、やったあっ」

「騎兵隊キャストだよっ」

 バミーとバーバラが飛び上がって喜ぶ。


「ねえ?合格者、太田邦生って、まさか?」

「うそっ」

「あれ、太田センセーだよっ」

 観客席の女子高生の集団は「キャア~ッ」と甲高く叫びながら、曲走路の内側へ走っていく。

 この女子高生の集団は2年前の中学生の頃に太田が講師をしていた学習塾の教え子だった。


「キ、キミ達――っ」

 太田は知り合いに見つかってあたふたする。

「センセー、去年4月からどっか遠くの新設校に移動になってショウを観に来れなくなっちゃったんだと思ってたけどっ?」

「何で騎兵隊オーディションにっ?」

「それに、なんかカッコ良くなっちゃって名前を聞くまで分からなかったよっ」

 女子高生の集団は太田を取り囲んでキャアキャアと騒ぐ。

「――か、カッコ良くなった――?」

 太田は「ええと、冗談でしょうか?」という疑わしげな顔で女子高生を右から左へと見渡す。

 女子高生の集団は確信を込めて「ホントだってば」「イケメンになった」と頷いてみせた。

「――イケメン――」

 太田自身は毎日のように自分の姿を鏡で見ているので美容院でイメチェンしたヘアスタイルと眉毛くらいしか変化に気付いてなかったが、10ヶ月ぶりに対面した女子高生の集団から見た太田の姿は激変だったのだ。

 まず、着ぐるみのサウナ効果で頬っぺたがシュッと引き締まって顔の輪郭が精悍になった。

 乗馬の訓練のおかげで背筋がシャンと伸びて姿勢が良くなった。

 バッキーのダンスのおかげで身のこなしも軽やかでキビキビと俊敏になった。

 太田はこの10ヶ月の間に見違えるほど変わったのだ。


 去年3月に学習塾を退職してショウのキャラクターダンサーのバッキーにならなかったら、今でも学習塾の講師をしていただろう。

 ジョーともメラリーともショウのパフォーマーと常連客という繋がりしかなかっただろう。

 それが、今や、

 太田はグルリと周囲を見回した。

 ダン、騎兵隊キャスト、先住民キャスト、ガンマンキャスト、キャラクタートリオのバミー、バーバラ、みなが自分を取り囲んで笑っている。

(――ああ、みんなと仲間なんだ――)

 太田は不思議な気持ちで目を瞬いた。

 夢を見ているようだと思った。


「バッキー、やったなっ」

「祝勝会だあっ」

 ジョーとメラリーが太田に飛び付いて、騎兵隊キャストと先住民キャストが「それっ」と太田を放り投げて胴上げした。

 太田は夢かと思いながらも胴上げの突き上げで全身ボコボコにボコられているかのように痛かった。

(夢じゃない、夢じゃない――)

 夜空の星がぼんやりと滲んで見えた。
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