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第11弾 夕陽に向かって走れ
Freed(解放された)
しおりを挟む「あら?もう練習、終わったみたい」
クララが生姜入り蜂蜜ドリンクのおかわりをカップに注いでいると、窓からジョー達がゾロゾロと馬場を引き上げていくのが見えた。
「けど、まだ、だいぶ待たなきゃだわよ。みんな練習の後はひとっ風呂浴びて来るんだから。じゃないと汗が冷えて風邪を引くでしょ」
ゴードンはカウンター席で何やら仕事の書類を繰っている。
「え~?これからお風呂ですか?」
クララは内心で(なによ、もう)と憤慨したが、ゴードンの手前、おとなしく待つことにした。
(お尻が痛くなっちゃうじゃないの)
ただでさえ平べったいクララのお尻が座面と同化して固い板のように感じる。
こんな固いベンチシートにまだずっと座ってなければならないのか。
一方、
タウンの大浴場では、
「ふぅ~ぃ」
乗馬の練習後の一同が「は~ぁ」だの「くう~ぅ」だの「極楽、極楽~」だの「いい湯だな~」だのと大きく深呼吸しながら広い湯船に浸かっていた。
大浴場は荒刃波温泉の白茶っぽい濁り湯の硫黄泉だ。
「それにしても、クララちゃんってよ、お前が手を振っても全然こっち見てなかったよな?」
「アラン、お前、3回もクララちゃんに手を振ってたってのに」
「また喧嘩したのかよ?」
ヘンリー、ハワード、マーティが鏡の前に横一列で身体を洗いながら余計な詮索をしてきた。
「いや、クララちゃんはツンデレなだけっすよ。俺達2人だけの時はラブラブっすから」
アランはデタラメに答えて、外した黒髪の巻き毛のウィッグを洗面器でジャブジャブと洗った。
仲間うちだけの大浴場でウィッグを外して丸坊主のアランはみな見慣れている。
だが、
太田が壁のシャワーヘッドを取って、ふと、アランの頭頂部を見下ろして異変に気付いた。
「――あれ?」
いきなり横からアランの頭のてっぺんに手を伸ばす。
「わっ?なんすか?」
アランはビックリと顔を上げた。
「ザリザリしているっ」
太田はそう叫ぶと、しつこく確かめるようにアランの頭を撫で回した。
「え?なに?」
「アランの頭がどうした?」
ヘンリー、ハワードも何事かと太田に倣ってアランの頭を触ってみた。
「あ、ホントだっ」
「ザリザリしてるっ」
ヘンリーとハワードも叫んだ。
「え?何のことっすか?」
アランは何が何やらとキョロキョロした。
「お前の頭だよ。今までハゲの部分はカッパの皿みたいにツルツルだったのに」
「今、触ったら周りの剃った部分と同じに手触りがザリザリなんですよ」
「カッパハゲだった部分も青剃りっぽく見えるし、つまり、毛が生えてきたってことじゃね?」
みなの興奮気味の声が大浴場に響き渡る。
カコーン、
洗面器がタイルの床に滑り落ちた。
「ええっ?そんなことあるんっすか?」
アランは信じられないと目を真ん丸に見張った。
「アランお前よ、ハゲてから皮膚科とかで診てもらったことねえの?」
「あ、そうか。ひょっとしたら、若ハゲではなく円形脱毛症だったということですかね?」
ジョーと太田はそう推測した。
「そ、そういえば――」
アランはハタと思い当たった。
ハゲを医者に診せたことは一度もなかった。
高2の頃に自分が両親の実の子供ではないと知ったショックと出生の疑惑がストレスとなってハゲ始めたことは確かだった。
それが、つい先日、母方の祖父の告白で出生の秘密が明らかになった。
出生の疑惑のモヤモヤがスッキリと晴れたのだ。
それで、ストレスがなくなり、知らないうちに円形脱毛症が治ったということだろうか。
「ハ、ハゲじゃない――?」
アランは自分でも頭を撫で回してザリザリした手触りを確認した。
間違いなく頭のてっぺんに毛が生え出している。
(ハゲじゃなかった――)
アランの目にうるうると感激の涙が滲んだ。
ところが、
「けどよ、なんかガッカリだよな?」
「ああ、ハゲじゃないアランなんて可愛くねえよ」
「もうカンペキに非の打ち所のないハンサムじゃん」
「なんだか完璧過ぎて近寄りがたく感じますね」
ジョー、ヘンリー、ハワード、太田はどこか失望した面持ちで言った。
「え、え?なんすか?それ?」
アランは動揺してキョロキョロとみなの顔を見渡す。
みな、アランがハゲじゃなかったことを喜んでくれてはいないらしい。
「う~ん、今となったらハゲはアランのチャームポイントだったような気もするよな」
マーティまでもが残念そうだ。
その時、
「カンペキ~?どこが~?ハゲじゃなくてもアランはそれを補って余りある馬鹿じゃん」
ケロッと突っ込んだのはメラリーだった。
メラリーはみなの騒ぎを尻目にとっくに全身を洗い終わって湯船を犬掻きで泳ぎ回っていた。
「あっ、そういえば、そっか」
「タウン始まって以来の馬鹿だった」
「そうだよ。アランはハゲじゃなくても立派な馬鹿じゃん」
「完璧だなんて、とんだ勘違いでしたね」
ジョー、ヘンリー、ハワード、太田は安堵で気抜けしたようにケラケラと笑い合った。
「ま、そういうことだな」
マーティが笑顔でアランの肩をポンと叩く。
(なんだか釈然としないけど、メラリーのおかげで助かった)
アランはホッと胸を撫で下ろした。
たんにメラリーに馬鹿にされただけだが、アランは身長185㎝の際立ってハンサムな容姿のせいで周囲に王子様らしさを期待されることに日頃からプレッシャーを感じていた。
だが、ここでは王子様じゃない。
自分の馬鹿がバレている仲間とは自然体の馬鹿なアランでいられるのだ。
「は~ぁ」
アランは湯船に浸かると長い手足をグーンと伸ばし、大浴場の高い天井を仰いで大きく吐息した。
(ハゲじゃない)
(馬鹿だけどハゲじゃない)
なんという解放感だろう。
「はあぁ~、ここは荒刃波~ぁ、源泉かけ流し~、湯けむり、人情、熱いよ、熱いよ、あっつ、あつ~ぅ♪」
思わずアランは地元民しか知らないご当地ソング『荒刃波よいとこ湯けむり音頭』を口ずさんでいた。
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