PictureScroll 昼下がりのガンマン

薔薇美

文字の大きさ
上 下
236 / 297
第11弾 夕陽に向かって走れ

Freed(解放された)

しおりを挟む


「あら?もう練習、終わったみたい」

 クララが生姜入り蜂蜜ドリンクのおかわりをカップに注いでいると、窓からジョー達がゾロゾロと馬場を引き上げていくのが見えた。

「けど、まだ、だいぶ待たなきゃだわよ。みんな練習の後はひとっ風呂浴びて来るんだから。じゃないと汗が冷えて風邪を引くでしょ」

 ゴードンはカウンター席で何やら仕事の書類を繰っている。

「え~?これからお風呂ですか?」

 クララは内心で(なによ、もう)と憤慨したが、ゴードンの手前、おとなしく待つことにした。

(お尻が痛くなっちゃうじゃないの)

 ただでさえ平べったいクララのお尻が座面と同化して固い板のように感じる。

 こんな固いベンチシートにまだずっと座ってなければならないのか。


 一方、

 タウンの大浴場では、

「ふぅ~ぃ」

 乗馬の練習後の一同が「は~ぁ」だの「くう~ぅ」だの「極楽、極楽~」だの「いい湯だな~」だのと大きく深呼吸しながら広い湯船に浸かっていた。

 大浴場は荒刃波あらばは温泉の白茶っぽいにごり湯の硫黄泉だ。


「それにしても、クララちゃんってよ、お前が手を振っても全然こっち見てなかったよな?」

「アラン、お前、3回もクララちゃんに手を振ってたってのに」

「また喧嘩したのかよ?」

 ヘンリー、ハワード、マーティが鏡の前に横一列で身体を洗いながら余計な詮索をしてきた。

「いや、クララちゃんはツンデレなだけっすよ。俺達2人だけの時はラブラブっすから」

 アランはデタラメに答えて、外した黒髪の巻き毛のウィッグを洗面器でジャブジャブと洗った。

 仲間うちだけの大浴場でウィッグを外して丸坊主のアランはみな見慣れている。

 だが、

 太田が壁のシャワーヘッドを取って、ふと、アランの頭頂部を見下ろして異変に気付いた。

「――あれ?」

 いきなり横からアランの頭のてっぺんに手を伸ばす。

「わっ?なんすか?」

 アランはビックリと顔を上げた。

「ザリザリしているっ」

 太田はそう叫ぶと、しつこく確かめるようにアランの頭を撫で回した。

「え?なに?」

「アランの頭がどうした?」

 ヘンリー、ハワードも何事かと太田に倣ってアランの頭を触ってみた。

「あ、ホントだっ」

「ザリザリしてるっ」

 ヘンリーとハワードも叫んだ。

「え?何のことっすか?」

 アランは何が何やらとキョロキョロした。

「お前の頭だよ。今までハゲの部分はカッパの皿みたいにツルツルだったのに」

「今、触ったら周りの剃った部分と同じに手触りがザリザリなんですよ」

「カッパハゲだった部分も青剃りっぽく見えるし、つまり、毛が生えてきたってことじゃね?」

 みなの興奮気味の声が大浴場に響き渡る。

 カコーン、

 洗面器がタイルの床に滑り落ちた。

「ええっ?そんなことあるんっすか?」

 アランは信じられないと目を真ん丸に見張った。


「アランお前よ、ハゲてから皮膚科とかで診てもらったことねえの?」

「あ、そうか。ひょっとしたら、若ハゲではなく円形脱毛症だったということですかね?」

 ジョーと太田はそう推測した。

「そ、そういえば――」

 アランはハタと思い当たった。

 ハゲを医者に診せたことは一度もなかった。

 高2の頃に自分が両親の実の子供ではないと知ったショックと出生の疑惑がストレスとなってハゲ始めたことは確かだった。

 それが、つい先日、母方の祖父の告白で出生の秘密が明らかになった。

 出生の疑惑のモヤモヤがスッキリと晴れたのだ。

 それで、ストレスがなくなり、知らないうちに円形脱毛症が治ったということだろうか。


「ハ、ハゲじゃない――?」

 アランは自分でも頭を撫で回してザリザリした手触りを確認した。

 間違いなく頭のてっぺんに毛が生え出している。

(ハゲじゃなかった――)

 アランの目にうるうると感激の涙が滲んだ。


 ところが、

「けどよ、なんかガッカリだよな?」

「ああ、ハゲじゃないアランなんて可愛くねえよ」

「もうカンペキに非の打ち所のないハンサムじゃん」

「なんだか完璧過ぎて近寄りがたく感じますね」

 ジョー、ヘンリー、ハワード、太田はどこか失望した面持ちで言った。

「え、え?なんすか?それ?」

 アランは動揺してキョロキョロとみなの顔を見渡す。

 みな、アランがハゲじゃなかったことを喜んでくれてはいないらしい。

「う~ん、今となったらハゲはアランのチャームポイントだったような気もするよな」

 マーティまでもが残念そうだ。

 その時、

「カンペキ~?どこが~?ハゲじゃなくてもアランはそれを補って余りある馬鹿じゃん」

 ケロッと突っ込んだのはメラリーだった。

 メラリーはみなの騒ぎを尻目にとっくに全身を洗い終わって湯船を犬掻きで泳ぎ回っていた。

「あっ、そういえば、そっか」

「タウン始まって以来の馬鹿だった」

「そうだよ。アランはハゲじゃなくても立派な馬鹿じゃん」

「完璧だなんて、とんだ勘違いでしたね」

 ジョー、ヘンリー、ハワード、太田は安堵で気抜けしたようにケラケラと笑い合った。

「ま、そういうことだな」

 マーティが笑顔でアランの肩をポンと叩く。

(なんだか釈然としないけど、メラリーのおかげで助かった)

 アランはホッと胸を撫で下ろした。

 たんにメラリーに馬鹿にされただけだが、アランは身長185㎝の際立ってハンサムな容姿のせいで周囲に王子様らしさを期待されることに日頃からプレッシャーを感じていた。

 だが、ここでは王子様じゃない。

 自分の馬鹿がバレている仲間とは自然体の馬鹿なアランでいられるのだ。

「は~ぁ」

 アランは湯船に浸かると長い手足をグーンと伸ばし、大浴場の高い天井を仰いで大きく吐息した。

(ハゲじゃない)

(馬鹿だけどハゲじゃない)

 なんという解放感だろう。

「はあぁ~、ここは荒刃波あらばは~ぁ、源泉かけ流し~、湯けむり、人情、熱いよ、熱いよ、あっつ、あつ~ぅ♪」

 思わずアランは地元民しか知らないご当地ソング『荒刃波よいとこ湯けむり音頭』を口ずさんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

処理中です...