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第11弾 夕陽に向かって走れ
He is not an ordinary person(ヤツは只者じゃない)
しおりを挟むほどなくして、
乗馬クラブの馬場では、
パッカ、
パッカ、
メラリーが調子良く軽やかに馬を駆っていた。
「いいぞ。その調子、その調子。メラリーちゃん、馬場を10周したらクラブハウスでハムステーキトーストだっ」
ダンが威勢良く声を掛ける。
「はいぃっ」
メラリーはあと10周と聞いて、俄然、張り切ってガシガシと拍車を掛けた。
馬にビビッていると言ったのが嘘のように少しも怯まず速度を上げる。
「さすがダンさん、早くもメラリーに最適な指導法が分かっているっ」
ジョーが感心して唸った。
美味しいものを食べるためならメラリーに怖いものなし、実力以上の力を発揮するのだ。
ジョーはといえば馬に跨がったまま馬場の横木の柵の前に立ち止まったきり、メラリーの乗馬を眺めることに熱心だった。
「ええ、ダンさんもメラリーちゃんは将来有望と太鼓判を押していたわ」
ゴードンは柵の横木に両腕を組んで馬場を見物していた。
ダンはメラリーに期待を込めて娘のエマのお下がりのサドルも譲ったのだとゴードンに話していたのだ。
「ダンさんも見抜いたか。なにしろメラリーのバランス感覚は並み大抵じゃねえからな」
ジョーの目がギラリと光った。
「アイツが初めてタウンにやってきた時から分かっていたぜ。只者じゃねえってことは――」
2年前のジョーとメラリーのキャスト控え室での初対面のあの時、
ジョーはメラリーを高い高いするように頭上にリフトしてグルグルと回転した。
「あの時、メラリーは俺にリフトされるなり一瞬で体重のポジションを掴んで水平にぐらつきもせずマネキンのように姿勢をキープしていた。恐るべきバランス感覚だぜ」
すでに誰も覚えていないようなメラリーと初対面でのジョーの奇行の意味が今頃になって明かされた。
「そうよ。そして、リフトに大事なのは2人の呼吸がピッタリと合うこと。それを一発であなた達2人はやってのけたのよ」
ゴードンも力強く頷く。
あの時、メラリーはジョーを変なヒトだと怪しんだだけだったが、ジョーの奇行はパフォーマーとしてメラリーの素質を見極めるための試験だったのだ。
そんな話をジョーとゴードンがしている間にもメラリーの馬はグングンと速度を増していく。
パッカ、
パッカ、
パッカ、
パッカ、
一分一秒でも早く馬場を10周してハムステーキトーストにありつきたい一心からだ。
「うわわっ、メラリーちゃん、速くて追い付かないですよ」
太田はメラリーにあっさりと2周も抜かれてジタバタと自分も必死に拍車を掛けた。
一方、
(なによ。ジョーさんってばメラリーちゃんの乗馬に惚れ惚れしちゃって)
クララはタウンのモニュメント・バレーから乗馬クラブの馬場を眺めてブスッと膨れっ面していた。
「おっ、バッキーさんも追い上げてきた。気合いが入ってるな。騎兵隊のオーディションが目前だもんな」
カチャカチャ、
アランは騎兵隊の馬に手早くサドリングしながらワクワクとして見ている。
「ふんだ、どうせバッキーさんが合格したらジョーさんは嬉し泣きして、不合格したら悔し泣きして、どっちにしても暑苦しく盛り上がるのよね」
クララは自分はいつでも傍観するだけの部外者なのだと思うと面白くない。
「俺だってバッキーさんが合格したら泣きはしなくても感動はするな。なんだかんだで俺が騎兵隊のホントの仲間になれたのはバッキーさんのおかげだし――」
カチャ、
アランはふいにサドリングする手を止めて、
騎兵隊デビューの週末の罰当番(馬糞のお片付け)の秋の夕暮れを思い起こして遠い目をした。
あの日、先住民キャストとの乱闘でアランのウィッグが外れて、若ハゲがバレたどさくさで固く閉ざしていた心の扉の鍵も外れて仲間とオープンマインドになれたのだ。
「バッキーさんのおかげって?何があったの?」
クララは馬のサドル越しにアランの顔を覗き込んだ。
「――え?いや、何でもない。いや、バッキーさんのおかげって訳でもなかったし」
アランは自分の若ハゲの秘密をクララには隠し通すつもりなので慌てて誤魔化した。
「ふんだ」
(やっぱり、いつでも部外者なのね)とクララは不興げに鼻を鳴らした。
日暮れのモニュメント・バレーをヒュルリと風が吹き抜けた。
「さ、さむっ」
乗馬しているヒトは汗ばむほどだが、ただ見物しているヒトには吹きっさらしの風は冷たい。
「わたし、もうクラブハウスに入ってるっ」
クララはブルルと寒さに震えてクラブハウスへ向かって踵を返した。
「そうだね。あ、窓際のテーブル取っておいて」
アランはクララにそう告げて馬にヒラリと跨がった。
「はいはい」
クララはつっけんどんに返事する。
(なによ。アランなんて世を忍ぶ仮の彼氏のくせに彼氏ヅラしちゃって)
パッカ、
パッカ、
蹄の音が遠くなる。
アランの颯爽とした乗馬なんて見てはならない。
どうせ格好良いに決まっているのだから見てはならないのだ。
クララは振り向かずにクラブハウスへ入った。
カララン♪
木製の扉のカウベルが鳴る。
山小屋のようにウッディーな牧歌的な内装だ。
「あら、いらっしゃい」
カウンターから声を掛けたのはダンの妻の陽子だった。
陽子は独身時代から乗馬クラブのクラブハウスで働いていてインストラクターのダンともここで知り合ったのだ。
今ではクラブハウスのマネージャーを任されている。
クララは4学年上のエマとは同じ小学校だったし、このクラブハウスのパンメニューはサンサンパンのパンを使っているので陽子とも顔馴染みだった。
クララの従兄弟もみなキッズクラスから乗馬を習っていた。
自宅が乗馬クラブの近所なのにクララは「顔から落っこちたら可愛い顔がぺしゃんこだぞ」と過保護の父親に脅されて乗馬を習わせて貰えなかったのだ。
クララは広々した店内の角のテーブル席に着いた。
木製のベンチシートでクッションもなく座り心地は良くない。
きっと乗馬をするヒトはお尻が鍛えられているので固い椅子もへっちゃらなのだろう。
角のテーブル席は壁二面が窓ガラスで乗馬クラブの馬場とタウンのモニュメント・バレーの両方が見渡せる。
べつにモニュメント・バレーは見なくてもいいが、一応、アランの彼女という触れ込みで見物に来たので致し方ない。
「え~と、何にしようかな~?」
クララがメニューを眺める横目にジョーも馬で駆け抜けていくのが見えた。
モニュメント・バレーでは騎兵隊のヘンリー、ハワード、マーティまでアランと一緒になって馬で駆け回っている。
「ふ~、あったまる~」
クララは熱々の生姜入り蜂蜜ドリンクをフウフウして飲みながら、みなが乗馬の練習を終えるのを待つことにした。
カラランッ♪
「さぶ、さぶっ。50も半ば過ぎると風が骨身に凍みるわ。陽子さん、熱っい生姜入り蜂蜜ドリンクちょうだいっ」
ゴードンもブルブルと震えながら騒々しくクラブハウスへ飛び込んできた。
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