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第11弾 夕陽に向かって走れ

Somebody prays for somebody(誰かは誰かのために祈る)

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 あくる日。

「おはようございま~す」

 太田は意欲満々でバックステージへやってくると、

「おや?」

 ロビーの床に落ちていたペットボトルを拾って、ラベルをペリリと剥がし、キャップを外し、リサイクルと燃やすゴミに分別して捨てた。

「よしっ、一日一善っ」

 そうゴミ箱に向かって満足げに頷く。

「へえ、バッキーは一日一善を心掛けてるんだ?(グビグビ)はい、これで二善~」

 メラリーは自分の飲んだ空のペットボトルを太田に押し付ける。

「メラリーちゃん、俺はいいですけど、そういう不埒な行いはメラリーちゃんの運が逃げますからね」

「ふ~ん」

 メラリーは太田の親身な忠告を右から左へ聞き流し、「あ、今日の定食は白身魚フライのタルタルソース~♪」と歌いながらキャスト食堂へ入っていく。

「まったくもう」

 太田は仕方なさそうに吐息し、またペットボトルのラベルを剥がし、分別して捨てた。


「一日一善って、騎兵隊キャストの合格祈願のための願掛けかよ?」

 ジョーが朝定食の納豆をネチャネチャ混ぜ混ぜ太田に訊ねた。

「いえ、一日一善は家庭教師をしている教え子の合格祈願のためです。高校入試を控えているので」

 太田はさも当然という顔で答えてから説明した。

「何かで読んだんですが、神様は自分のために祈願することは叶えて下さらないんだそうです。だから、自分以外のヒトのために祈るんですよ」

 それで金銭を受け取って依頼人の代わりに祈る商売まで大昔からあるほどなのだ。

「ええっ?自分のために神頼みしても無駄だったのかっ」

「し、知らなかったっ」

 トムとフレディは大打撃でうめいた。

 彼等は毎年毎年、初詣で「今年こそガンマンデビュー出来ますように」と拝んでいたが、当たり前のように自分のガンマンデビューだけを祈っていたのだ。

「ケケケ、神様は私利私欲の願い事なんか聞かないってよ」

 メラリーはザマミロと笑って白身魚フライに齧り付く。

「なら、今度から俺はフレディのガンマンデビューを願うからよ」

「ああ、俺はトムのガンマンデビューを願えばバッチリだな」

 トムとフレディはお互いに相手のために神頼みをすることで一致団結した。


「俺のオーディションの合格は騎兵隊キャストのみんなとダンさんが祈ってくれていますから心強いです」

 太田は信頼の眼差しで騎兵隊キャストのテーブルのほうを見やる。

「おうっ」

 騎兵隊キャストはみな頼もしげに声を揃えた。

「俺とメラリーとマダムとロバートさんだって祈ってるぜ」

 ジョーが騎兵隊キャストに負けじと自分とそれぞれを指差す。

「わたし達だって祈ってるよっ」

「わたし達、雨キャンの日も風キャンの日も苦楽を共にしたキャラクタートリオだもんねっ」

 バミーとバーバラも熱心に声を張る。

「……」
「……」

 トムとフレディは気まずい顔でご飯を掻き込んでいた。

「俺等も」とは決して言えないヘソ曲がりな2人だった。


(自分のために願い事をしても神様は叶えて下さらない?)

 クララも大打撃だった。

 なぜならクララがジョーの彼女になれるように願うのは世の中にクララ本人しかいないからだ。

(だって、誰もわたしがジョーさんの彼女になれるように願ってくれる訳ないんだもの)

 神頼み絶望。

 クララは恋愛成就は自力で頑張るしかないのかと孤立無援を感じて悲しくなった。


「あ~、クララちゃんの今日のオカズも美味しいねっ」

「ん~、納豆ご飯に合うっ」

 バミーとバーバラはクララが持ってきたピーマンのじゃこ炒めと叩きゴボウをこんもりと大盛りご飯にのせた。

「――え?」

 クララはハッと我に返った。

「ごっつぁんっす」

「っす」

 トムとフレディもオカズを山盛りに取ってクララにペコリとする。

「あ、ううん。うちのパン工場こうばまかないのついでだから簡単なのよ」

 クララはブンブンと首を振った。

(クララちゃんは根も葉もない噂を流すキャストの女のコ達の嫌がらせに心を痛めていて元気がないんだ――)

(クララちゃんは何も悪くないのに女のコ達の妬みのせいで可哀想に――)

 バミーとバーバラは勝手にそう勘違いして同情した。

「わたし達はクララちゃんとアランの幸せを願っているからねっ」

「クララちゃんの味方だからねっ」

 バミーとバーバラは思わず声に出してクララを励ます。

「――へ?」

 クララは(いきなり何を言ってるの?)と目を白黒させた。

「え?俺達の幸せ?俺とクララちゃんが無事に結ばれることを願ってくれるんすか?」

 アランは嬉々としてバミーとバーバラに笑顔を向ける。

「うんっ」
「もちろんだよっ」

 バミーとバーバラは力強く請け合った。

「俺等だってな」

「騎兵隊キャストはみんなアランとクララちゃんが上手くいくように願っているからなっ」

「ああっ」

 ヘンリーとハワード、マーティも「任しておけ」とばかりに胸を叩く。

「ああ、俺もメラリーもバッキーもマダムもロバートさんもなっ」

 ジョーまでもが余計なことを願う。

「もう安心だよっ」

「神様は自分以外のヒトのために願うことは叶えてくれるんだからっ」

 バミーとバーバラは励ましの笑顔でクララに頷いてみせた。

「そうっすよねっ。ありがとうっ」

 アランは2人に満面の笑みを返す。


「……」

 クララは石のように固まった。

 ありがた迷惑にもクララがアランと結ばれることをみなが祈ってくれるらしい。

(――神様っ。イヤですっ)

 クララは心の中で叫んだ。

(わたしはアランじゃなくジョーさんの彼女になりたいんですっ)

(どうかお願いですっ。一日一善でも何でもしますからっ)

 ああ、だけど、自分のために祈っても神様は叶えて下さらないんだっけ。
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