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第11弾 夕陽に向かって走れ

Irritable Gordon(短気なゴードン)

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「では、15人ずつステージへ上がって1分間の自己PRをしていただきます」

 進行係の女子社員の指示で45人の候補者は3組に分かれて、まず1組目の15人がステージへ上がった。

 みな私服の胸元にエントリーナンバーを記した円形の札を着けている。

 候補者15人は観客席からステージを見つめる大勢のキャストを前に緊張の面持ちで自己PRを始めた。


「エントリーNo.13。三度のメシより西部劇が好きですっ。西部劇を愛する気持ちはジョン・フォードにもジョン・ウェインにも負けませんっ」

「エントリーNo.42。特技はカラオケ。精密採点で自己最高記録は99点です」

「エントリーNo.49。前回、前々回と最終審査で落ちて今回は3度目のチャレンジです。よろしくお願いしますっ」

「エントリーNo.53。騎兵隊キャストになった暁には諸先輩方には決して逆らわず忠誠を尽くすことを誓いますっ」


「ふわわ、思った以上につまんない」

 メラリーはペロペロキャンディーの陰で欠伸あくびをした。

「誰も彼もパッとしないわねぇ。あああ、去年のオーディションはアランちゃんに確定済みだったから楽チンだったわ」

 ゴードンはついポロッと口走った。

 実は昨年のオーディションはアランが応募してきた時点でアランに確定していた。

 元々、アランは高校の馬術部の頃にゴードンがスカウトしたのだが、アランはホテルマンになるからと断ったのだ。

 それから2年も経つとアランはホテルの仕事に飽き飽きして、騎兵隊キャストのオーディションに応募してきた。

 そういう訳で昨年のオーディションはおざなりにスケジュールをこなしただけの出来レースだったのだ。


 ステージでは候補者の自己PRが続いているが、2組目の15人も同じくパッとしない。

 3組目の15人も同じくパッとしないまま候補者45人の自己PRが終了した。


「――あ、あら?ディカプリ似とブラピ似は?」

 ゴードンはハタと気付いた。

 1組目、2組目、3組目とステージに並んだ15人ずつをざっと一瞥したのにディカプリ似とブラピ似の姿がなかった。

「まさか、棄権?面接に来なかったってこと?」

 ゴードンは絶望的に眉を八の字にする。

「いいえ、候補者45人全員います」

 女子社員が冷静に告げた。

「えっと?ディカプリ似は70番ね?」

 ゴードンの言葉にみなは70番の札を着けた候補者に注目。

 すると、

「んが、ぐぐ?」

 みなは一斉に飴玉を喉に詰まらせたような声を発した。

 70番はボッテリとかなり肥えた男ではないか。

「ま、まさか、あんな焼き団子に目鼻を付けたみたいな真ん丸顔のどこがディカプリ似なのよっ?」

 ゴードンは悲鳴を上げる。

「写真とまるで違うっ」

 メラリーが半笑いで叫んだ。

「いや、中年太りで真ん丸顔になったディカプリオになら似てなくもないぜ」

「ああ、たしかに中年太りで真ん丸顔になったディカプリオになら似てなくもないな」

 ジョーとロバートはそう認める。

「ん~、この写真、本人の面影はあるけど」

「だいぶ昔の――20㎏くらい痩せてた頃の写真なんじゃね?」

 ヘンリーとハワードが応募の写真と本人を見比べた。

「あ、よく見たら、この緑のラインのTシャツ、荒刃波一中の体操着っすよ」

「ホントだっ。うちの体操着だ」

 アランとケントが写真を覗き込んで叫んだ。

「どうりでやけに童顔だと思ったら、オーディションに中学の頃の写真を使うなんて。詐欺だわっ。25歳だから10年前の写真じゃないのっ」

 グシャッ。

 ゴードンは憎々しげに写真を握り潰す。


「えっと、ブラピ似は99番?」

 メラリーはワクワクと99番の候補者を見た。

「――う――」

 99番はようやく直立二足歩行を始めたばかりの類人猿のような男だった。

「あ、あんな北京原人かネアンデルタール人かアウストラロピテクスか分からない猿顔のどこがブラピ似なのよっ?」

 ゴードンはまた悲鳴を上げる。

「う~ん、だいぶ元の本人の写真を修正しまくったようですね」

 マーティがそう判定した。

 昨今のオーディションは応募の写真の修正が著しく、写真と面接に来た本人がまるで別人というのはよくあることだ。

「はあああ~~」

 ゴードンは意気消沈して空気の抜けた風船のようにプシュ~としぼんだ。

 だが、

「どいつもこいつも詐欺よっ。詐欺っ。こうなったら目にモノを見せてくれるわっ」

 いきなりキッと怒りに目を剥いて立ち上がった。

「はい、皆さん、靴を脱いで下さい」

 ゴードンは出し抜けに候補者に指示を出す。

「ええっ?」
「靴を脱ぐ?」

 候補者の中に動揺のどよめきが広がった。

「はいっ、早く靴を脱いでっ」

 ゴードンはパンパンと手を叩いてせっつく。

 候補者には気にせずに靴を脱ぐ者と、いやいやそうに靴を脱ぐ者とがいた。

「はい、89番、自称176㎝、実身長168㎝。101番、自称178㎝、実身長173㎝――」

 ゴードンは次々に候補者を指差し、履歴書の申告と異なる候補者の身長を言い当てていく。

「さすがはゴードンさん。目視でカンカンの候補者のウエストサイズを見抜くほどだもの。身長を当てるくらい朝飯前だわ」

 マダムが唸った。

「はい。応募の写真と実物が別人レベルのヒトと、身長詐称したヒトは失格っ。即刻、退場っ」

 ゴードンはビシッとステージ袖を指差した。


「今年は45人中18人がシークレットシューズによる身長偽装をしていました」

 女子社員が冷静に報告する。

「ま、毎年のことだわね。これまでは見逃してやったけど、もう堪忍袋の緒が切れたわ。不正直者は容赦しないわよっ」

 ビリッ。

 ゴードンは鼻息荒く、失格の候補者の履歴書を引きちぎる。

 こうして、身長詐称の18人と、偽ディカプリ似と偽ブラピ似の2人がすごすごと退場していった。


「これで20人が消えて、残り25人か」

「この中から14人を選ぶのか?」

「誰でもよくね?」

 騎兵隊キャストのマーティ、ヘンリー、ハワードは難しい顔をしてみせる。

 内心では騎兵隊キャストはみな「やった」とガッツポーズしたいくらいだった。

 騎兵隊キャストはみな太田を推している。

 このパッとしない候補者の顔ぶれなら平々凡々な太田にも勝機があるではないか。

 なにしろ太田はイメチェンして『見ようによっては充分にイケメン』になったのだから。


 そうこうして、

「皆さん、お疲れ様でした。本日の面接審査はこれで終了です。選考結果は後日、通過者に連絡を致します」

 女子社員の挨拶で候補者25人は速やかに解散していった。


「どうお?女子キャストのみんな、これと思った気になる候補者はいたかしら?」

 ゴードンが「まあ、いないと思うけど、念のため」という口振りで見物の女子キャストに訊ねた。

「べ~つ~に~~」

 カンカンの踊り子はぞんざいに首を振る。

「ぜんぜんっ」

「なんか顔も覚えてないよ」

「ホントね」

 バミー、バーバラ、クララも首を振った。

 女子キャストはパッとしない候補者を見るや否や面接審査に興味が失せて、候補者45人の自己PRの間もお菓子を食べながらのおしゃべりに熱中していたのだ。


「ん~、あまりに印象に残ったヒトがいなくて誰を選んでいいか分からないから最終審査に進む14人はアミダで決めようと思うけど~?」

「異議な~し」

 ゴードンの提案に騎兵隊キャストは全員賛成で面接審査の通過者はアミダくじで選ぶことになった。

「アミダか~」

「ま、運も実力のうちというからな」

 メラリーとジョーはやれやれと折り畳み椅子から立ち上がる。


「……」

 太田は茫然と座っていた。

(これは夢ではなかろうか?)

 絶対に敵わないと勝負を諦めたほど強敵だったはずのディカプリ似とブラピ似のイケメンがまぼろしのように消え失せたのだ。

 パッとしない候補者はみなルックスに差がない。

(そうなれば勝負は最終の実技審査の馬術のみっ)

 膝の上で握った拳がにわかにブルブルと震え出した。

 武者震いなのか怖じ気づいたのかは太田自身にも分からなかった。
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