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第11弾 夕陽に向かって走れ

Patty by the window (窓際のパティ)

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(よしっ、今日も4時までに売り切ったっ)

 クララは小さくガッツポーズして、地下通路をバックステージへと急いだ。

 なにもスイーツ・ワゴンの売り上げダントツを目指しているワケではない。

 ただ、ただ、ガンマンキャストがキャスト食堂に来る時間帯に自分も休憩を取りたいがために、それだけのために、日々、気合いで励んだ結果、どのワゴンよりも早い4時までに完売するスキルを身に付けてしまったのだ。

「クララさぁん」

 背後からパティが追い掛けてきた。

「パティもこれから休憩?」

 クララはいぶかるようにパティを見返す。

 パティはご機嫌でクララに「馬鹿じゃないの」と言われたことなど気にしている様子もない。

「はいっ。今日はサブリーダーのマチルダさんがずっとフォローに付いて下さったので、なんともう完売しました~」

 パティはパチパチと拍手して誇らしげに発表したが、30代のベテラン売り子のサブリーダーが一緒に売り子をしてくれたのだからパティの手柄ではない。

「……」

 サブリーダーのマチルダ(町田るり子)はゲッソリした顔でパティの後から歩いてきた。

「――パティね、今日だけでドーナツを15回も地面に落っことしたのよ」

 マチルダは先をルンルンと歩いていくパティの背を見つめながら疲れ果てたようにクララに呟いた。

「――15回?」

 それでは15個のドーナツがパティという愚か者によってオヤツとしての生をまっとうすることなく命を失ったことになる。

 クララはパン工場こうばの娘だけに(なんてこと)と生ゴミと化したドーナツの無念を思った。

「どうやらパティはトングで挟む時にドーナツを潰してしまうか、潰さないように挟むと落としてしまうかで、挟む力加減も分からないらしいの」

 結局、マチルダがパティのワゴンで手際良くドーナツを売る間、パティは邪魔にならないように背後に突っ立っていただけだった。

「まあ、パティが土日だけのバイトというのがせめてもの救いだわね」

「はい」

 マチルダとクララはお互いを励ますように笑みを交わした。

 スイーツ・ワゴンの売り子で正社員はリーダーとサブリーダーとクララだけなので新人のバイトの指導は自分達だけが頼りなのだ。


「クララちゃん~」
「こっちだよ~」

 クララがキャスト食堂へ入っていくとガンマンキャストのテーブルからバミーとバーバラが手招きした。

 2人と仲良くなってからはいつも同じテーブルの隣の席をキープしておいてくれるのだ。

 ジョーとは8人掛けテーブルの対角線の端と端だが、このくらいの距離がクララにとっては緊張せずにちょうど良かった。


 そこへ、

「ねえねえ?ジョーちゃん?」

「あのコ、どう思う~?パティっていうコなんだけど」

 アンとリンダがジョーの横の通路へやってきて、窓際のテーブルにいるパティを指差した。


(――え?)

 クララは(まさか)と眉をひそめる。

 アンとリンダはハニー志願のパティをジョーに推薦してあげるつもりなのだろうか?

(まさか、まさか)

 クララは内心でジタバタとした。


 パティはサブリーダーのマチルダと談笑して、完売した安堵感から嬉しげにアップルパイを頬張っている。

「ん~?新しいバイトのコ?――おっ?可愛いじゃ~ん」

 ジョーは通路を挟んで8人掛けのテーブル3つ分も離れた窓際のパティをしげしげと眺めた。

 ガンマンなので視力は人並み以上だ。

 パティは色白で頬は水蜜桃のようにピチピチして、広い丸いオデコはツヤツヤして、大きな目は夢見がちにキラキラして、栗色の柔らかな髪は肩までフワフワと波打っている。

「……」

 ジョーはニマニマとご満悦だ。

 全体的に優しい雰囲気で表情もほがらかで頭のネジもゆるやかなパティは男好きするタイプに違いない。

「ほお、なんというか、高原の木陰で白いワンピースで静かに詩集を読んでいるような、おしとやかなお嬢様という感じですね」

「ちょっとルルちゃんと似た感じもするけど、ルルちゃんとはタイプが違うわね。ルルちゃんは乗馬もこなす機敏なインディアン娘だけど、あのパティというコはおっとりしたタイプかしら」

 太田とマダムは優れた観察力でパティを判定した。

「う~ん」

 メラリーはあれほど可愛らしいパティを怪しむように渋面する。

「なんだか、プリンだと思って食べたら玉子豆腐だったみたいな?そんな感じ~」

 メラリーは持ち前の勘の鋭さでパティに期待を裏切る何かを嗅ぎ取ったのだ。

(さすがメラリーちゃん、パティの外見と中身のギャップを感じ取ったのね)

 クララはメラリーに感心して唸った。
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