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第11弾 夕陽に向かって走れ
Good and bad luck(吉凶)
しおりを挟むあくる日。
「おお~っ?」
「5割増し?いや、6割増しっ」
「髪型だけでも変わるもんだねっ」
「見ようによっては充分にイケメンだよっ」
トム、フレディ&バミー、バーバラはタウンのバックステージに現れた太田のイメチェンぶりに大袈裟に歓声を上げた。
太田は頭でっかちのキノコのようだった髪型がスッキリ爽やかな短髪になって、ゲジゲジの眉毛まで美容師にキリッと凛々しく整えて貰った。
見ようによっては充分にイケメン。
こんなビミョーな表現でも平々凡々な太田がイケメンと言われた人生初の快挙だった。
「な、なんか、ちょっと泣きそうだわ」
マダムは感極まって目頭を押さえた。
「お、俺も泣けてきた」
「そういえば、俺もなんとなく」
ジョーとメラリーも感無量という顔をする。
昨日、この3人は太田のヘアカットが終わるまで美容院の近くの甘味処でまったりしていただけで、太田のイメチェンを見るのは今日のお楽しみに取っておいたのだ。
「あ、あの、騎兵隊キャストのオーディションに受かった訳でもないのに泣くのはやめて下さい」
太田は困り顔する。
みな今年のオーディションはもう無理だと諦めて来年に期待というように思われた。
太田自身もイメチェンで少しばかり元よりマシになったところで今年も無理かもと弱気になっていた。
なにしろ、今年の候補者の中には太田より若く乗馬歴も長い20代の頃のレオナルド・ディカプリオ似のイケメンとブラット・ピット似のイケメンがいるのだから。
そこへ、
「お兄ちゃん、切れたビーズ直したよ」
ルルが小走りでロビーへ入ってきた。
「お、サンキューな」
兄のレッドストンのビーズのブレスレットを直してきたらしい。
ルルはインディアン・ジュエリーの店の売り子なので留め具やテグスの交換はお手のものだ。
「――あ?バッキーさん、髪、切った?」
ルルが太田を見て目を丸くした。
「え、ええ」
太田は照れ臭そうに頭を掻く。
「すっごく似合う」
ルルがニコッと微笑んだ。
「あ、ありがとうございます」
太田はルルの笑顔に惚れ惚れとした。
(そう、喩えるならピンクのようなオレンジのような色のガーベラの花のような――)
(もしくは、春なのに夏のように眩しい日差しのような――)
太田はうっとりと目を閉じてルルの笑顔を脳裏に焼き付ける。
(妖精ルルちゃんの降臨。なんだか今日はラッキーデーのような気が――)
にわかにワクワクと良い予感がしてきた。
一方、
「パティ?あなた、3時に休憩なんて、何、考えてるの?」
クララは始業前にバイトのパティを指導していた。
各自のワゴンのタイムスケジュールを確認したら、昨日の土曜にパティは午後3時から30分の休憩を取っていたのだ。
「――え?あ、あの、休憩はゲストの絶え間を見計らって――各自のワゴンで自由な時間に取ると――研修期間にリーダーさんから伺ってましたので」
パティはオロオロした口調でも言い訳はしっかり欠かさない。
「あのね、3時はオヤツの時間なの。さらに3時からのパレードを見るためにゲストはメインストリートに集まるの。あなたのワゴンはパレードのスタート地点に近いんだからパレードが通過した3時10分過ぎにゲストがドドッとオヤツを買いに押し寄せるのよ。その売り時に休憩を取るなんて馬鹿じゃないの。だから、クローズまでに売り切れないのよっ」
クララは勢い任せに言ってから(あ、ちょっと今の言い方キツイ)(馬鹿は良くないわ)(パティはホントに馬鹿だから)と焦った。
案の定、
「ぐすん、ぐすん」
パティは肩を震わせて泣き出した。
いかにも深窓のお嬢様という雰囲気のパティは「馬鹿じゃないの」などとズバリと言われたのは初めてだったのだ。
「クララ、言い過ぎよ」
「昨日や今日のバイトで分かる訳ないでしょ?」
売り子2人がパティを庇った。
(分かる訳ない?いや、だって、スイーツ・ワゴンよ?オヤツの時間に休憩は取らないでしょ?フツーなら)
そう反論したいのをクララはグッとこらえる。
この2人は専業バイトでクララが女子大生バイトだった頃からの先輩の売り子なのだ。
「ぐすん、ぐすん」
パティは涙でアイメイクが崩れてパンダ目になって泣き続けている。
(な、なによ。これじゃ、わたしがバイトの新人のコをいびって泣かせたみたいじゃない)
クララはうろたえた。
「いくら自分が売り上げダントツだからって」
「正社員になったからって急にエラソーにねぇ」
他の売り子がヒソヒソ声で言っているのが聞こえてくる。
それでなくてもクララは騎兵隊キャストきってのイケメンでモテモテのアランをゲットしたので女のコ達から妬まれている。
クララに何か落ち度があれば待ってましたとばかりに悪い評判がたちまち広がるのは目に見えているのだ。
「ごめんなさい。わたしの言い方が悪かったわ」
クララはパティにペコリと頭を下げた。
「い、いいえ、わたしがホントに馬鹿なんです。3時に休憩を取るなんて、何も考えてない馬鹿なんです。――あの、顔、洗ってきます」
パティは慌ててメインストリートのゼネラルストアの化粧室へ駆けていった。
「あ~、馬鹿なのは自覚してんだ?」
「でも、馬鹿に馬鹿って言っちゃダメだよね?」
「馬鹿と言ったら自分が馬鹿ですよってね」
売り子の数人がパティがいなくなったとたんゲラゲラと意地悪く笑った。
(わたしは本人に馬鹿って言っちゃったけど、陰口で言うほうが悪くない?)
みな意地が悪いくせに他の売り子はパティを庇ってあげた優しい先輩で、自分だけがパティをいびった悪者扱いになるのか。
(たしかにパティに対して八つ当たり気味だったけど――)
クララはシュンとうなだれる。
~~♪
タウンのオープン10分前を知らせる楽団の演奏が聴こえてきた。
「じゃ、みんな、今日も元気に明るい笑顔でよろしくお願いしま~す」
リーダーがやってきて号令を出すと売り子はそれぞれのワゴンへ散っていく。
パティはゼネラルストアの化粧室に行ったきり戻ってこない。
「パティ?オープン5分前よ」
クララは自分のワゴンに向かう途中でゼネラルストアの化粧室を覗いた。
「は、はい。片目がまだなんです」
パティは洗面台の鏡に張り付いて、急ぐ様子もなく念入りにアイメイクを直している。
(――あ?このコ、反省してないわ)
クララはギャフンだった。
いつだって女のコは馬鹿が勝つのだ。
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