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第11弾 夕陽に向かって走れ
A fateful encounter(運命的な遭遇)
しおりを挟むその時、
「あっ、父ちゃん、ここだよっ。ウルフはまだクリームあんみつ食べたことないんだって」
表から元気いっぱいの男児の声が聞こえてきた。
「あら?タイガーくんだわ」
クララが戸口を見やると、
ガラリと格子戸が開いてロバートと息子のタイガーとウルフが甘味処へ入ってきた。
「あっ、クララちゃんとアラン。アランのお祖父ちゃんもだっ。すっげー偶然っ」
タイガーは窓際のクララとアランと爺さんを指差した。
「ホント、偶然ね」
クララはタイガーとウルフにニッコリする。
だが、タイガーがここへ来たのは偶然ではなかった。
「さっきさ、メラリーちゃんがここでクリームあんみつ食べてるってメール送ってきたんだ。鰻の仕返しに決まってんだ。悔しいからクリームあんみつ食べに来たんだっ」
タイガーはムキになって言った。
「えっ?ここでクリームあんみつ食べてるって?メラリーちゃんが?」
クララの目がキラッと光る。
「うんっ。ジョーさんも一緒だって。2階にいるって。じゃあねっ」
タイガーはウルフの背中を押しながら甘味処の階段をドタドタと駆け上がっていく。
「まったく、騒がしくてすみません」
ロバートは爺さんにペコリとして「おおい、ドタドタ駆けるなよ。階下に響くだろ」と注意しながら自分も2階へ上がっていった。
(―ーああ、まさかジョーさんと同じ甘味処にいたなんて、なんて運命的なのかしら)
しばし、クララはうっとりしてから、
「アラン?訊いたでしょ?ジョーさんとメラリーちゃんが2階にいるって。行ってご挨拶してこなきゃ」
バタバタと自分のコートとバッグを手に取って席を立った。
「いいよ、挨拶なんか。どうせ明日もショウで顔を合わせるんだし」
アランは不興げに頬杖を突いて鯛焼きの尻尾の端っこを咥えたまま動こうとしない。
(あ、アランの奴ぅ、わたしがジョーさんに逢いたいって分かっていて一緒に来たくせに、この期に及んで協力しないつもり?)
クララは意地になって、
「もぉ、アラン?あなたはウェスタン・ショウでは一番下っ端の新入りだって分かってるの?ジョーさんはショウの看板スタァだし、メラリーちゃんだって年下でもショウのキャストでは先輩なのよ?同じ甘味処にいると分かっていて知らん顔って礼儀はないでしょっ?」
もっともらしい正論をまくし立てた。
自分がジョーに怪しまれないためにアランと一緒に逢いに行きたいという利己的な理由からだが。
「ほほお」
そうとは知らない爺さんはいたく感服した面持ちで、
「お嬢さんのおっしゃるとおりだ。新哉、さっさとご挨拶して来なさい」
そうアランに命じてクララに加勢した。
「ですよねっ?ほら、お祖父様もああおっしゃってるんだから。それじゃ、失礼します」
クララは爺さんにペコリとして「さっ、行くわよっ」とアランの腕を引っ張って2階へ上がっていった。
「ふほほ、すっかり尻に敷かれておるようだな」
爺さんは2人が階段を上がっていくのを見届けると思わず笑みこぼれた。
実は爺さんはアランがクララと結婚前提の交際宣言をしたと人伝に聞いてから、嫁として相応しい娘であろうかとクララの身上調査をしていた。
身上調査といっても手短にゴードンに電話してクララについて訊ねただけだが、
ゴードンは爺さんにこう請け合った。
「ええ。クララちゃんなら知ってますけど、アランちゃんが初めての彼氏というくらいで、天然記念物乙女なんて呼ばれていて、過去の男性関係などは皆無ですからご心配なく。ほほほ、人柄ですか?そりゃあ良く出来た娘さんですよ。オーディションを受ける友達のためにダイエット弁当を毎日こしらえてあげたり、貧乏なキャストにお惣菜をいっぱい作ってきてあげたり、バイトを世話してあげたり、入院中のキャストのお見舞いに行ってあげたり、ホントに親切で、気配りが出来て、料理上手で、おまけに無遅刻無欠勤でスイーツ・ワゴンの売れ行きだってダントツなんですから」
それを訊いた爺さんは(なんという理想的な嫁か)(さすが我が子だ)(でかしたぞ)と手を打って喜んだのだった。
クララの年齢はアランより1歳上で、昔から『姉女房は身代の薬』という諺もあるくらい理想的だ。
胡蝶蘭女子大学の食物栄養学科卒業でタウンのフードサービス部の社員で料理は和洋中なんでも得意だという。
さらにクララの家のサンサンパンは地元で一番古くから続くパン工場で、爺さんは戦前の日の出製パンの時代から知っている。
しかも容姿も目鼻立ちに何ら不足は無く、美人過ぎないところが理想的だ。
色白で背丈も平均的で和服がよく似合う。
何故、爺さんがクララに和服が似合うと知っているかといえば、
「ふほほ」
爺さんはおもむろに信玄袋から写真を取り出して眺めた。
クララがタウンの正月シーズンに振り袖姿で三色団子の売り子をしていた写真である。
はゆま屋の運転手をわざわざタウンへ偵察にやって撮らせたのだ。
クララの接客ぶりも運転手は太鼓判を押していたから、老舗旅館はゆま屋でも立派にやっていけるだろう。
大女将の婆さんがピンピンしている今のうちに嫁を若女将として仕込まなければならない。
あれやこれやと爺さんはアランに何の相談もなく独り決めしていた。
勝手に先走って決めてしまうのはアランと同様でそういう性格の血筋らしい。
アランはそんなことを爺さんが目論んでいるとは想像もしていない。
アランは戸籍上では爺さんの外孫で、はゆま屋の跡継ぎでも何でもないのだから。
はゆま屋は爺さんの長男である伯父(実際にはアランの腹違いの兄)が跡継ぎで、その跡を継ぐのは伯父の長男だ。
だが、伯父の長男はまだ中学1年だった。
孫が嫁を貰うのは10年以上は先だろうから大女将の婆さんはそれまで待ってはいられないのだ。
「――おや?ベンジャミンが着いたようだな」
爺さんは駅前にはゆま屋の送迎車が着き、宿泊客を降ろしたのを窓から見て「よっこらせ」と席を立った。
はゆま屋の運転手のベンジャミンは日本語、英語、中国語、韓国語、フランス語が堪能なアメリカ人だ。
「ご馳走さま」
爺さんはお会計でアランとクララの鯛焼きの分まで支払いを済ませて甘味処を後にした。
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