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第11弾 夕陽に向かって走れ

Do not despise it(侮るなかれ)

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 一方、

(ここで張り込んでたらジョーさん達をキャッチ出来るわね)

 クララは2匹目の鯛焼きを頬張りながら窓の外を行き交う通行人に目を光らせていた。

 駅前のタウンの送迎バスの停留所にジョー達がやって来たら素早く甘味処を出ていけばいい。

 タウンの送迎バスは15分置きなので張り込みは楽チンだと思った。

 友達になったのでメラリーのケータイ番号は知っているが手っ取り早く連絡するつもりなど毛頭ない。

 あくまでも偶然を装おってさりげなくジョーに逢いたいのだ。

 そうでなければジョーを付け回しているストーカーかと怪しまれるではないか。

 今なら好都合にアランといるので、まさか彼氏と一緒にストーキングしているとは思わないだろう。


「クララちゃん、もう1匹、食べる?」

「勿論。わたし、鯛焼き5匹はペロリよ。次は金時ね」

 アランとクララは3匹目の鯛焼きを注文した。

 この甘味処の鯛焼きは小豆、白餡、味噌餡、うぐいす餡、金時餡とバリエーションがあるので5種類を食べるのがクララにとっての定番だ。

 そこへ、

新哉しんやではないか?」

 はゆま屋の爺さんが甘味処へ入ってきた。

「――んっ」

 ちょうど大口で鯛焼きを齧ったばかりのクララが慌てて口元を手で押さえてペコリとする。

「これはこれは」

 爺さんもクララに丁寧にお辞儀を返した。

 さすがに老舗旅館のあるじの年期の入ったお辞儀だ。

「何だよ?爺さん」

 アランは「爺さん」という時に語気を強める。

 やっぱり、爺さんは爺さんだ。

 実際には祖父でなく父親だったと知った後でも。

「わしはそこの美豆里みずり寿司で夕飯を済ませてきたところだ。ここの窓際にお前の姿が見えたのでな」

 爺さんは「よっこらせ」とアランの隣に腰を下ろした。

「うちの送迎車がそろそろお客様を駅前にお送りする頃合いだ。ここで待つとするかな」

 爺さんは宿泊客を迎える車で昼頃に駅前へ出て、夕方の宿泊客を送った車で宿へ帰るのが日課だった。

 客を乗せていない行き帰りに運転手だけで送迎車を走らせるのはもったいないというケチ根性からだったが、

「こうして駅前を散策するのは観光客のリサーチのためなのですよ」

 そう大層な理由を付けていた。

「左様でございますか」

 クララは爺さんの醸し出す老舗旅館のあるじの雰囲気に合わせてつつましやかに答える。

 白髪はくはつ顎髭あごひげを蓄えた和服姿の老人がリサーチなどと言うのは似合わないようにクララには思えたが、

 ところが、この爺さんは学生時代から外国人観光客のために習っていた英語はペラペラで20数年前にはアメリカ娘と浮気したような爺さんなのだ。

 そんなことは想像だにしないクララはなるべく自分も上品にと鯛焼きを齧るのもチビチビとおちょぼ口になる。

「いやいや、そんなかしこまるには及びませんよ。若いお嬢さんには77歳のわしなど古臭い年寄りに思われるでしょうが、わし等は日本で最初のロッケンロール世代なのです。チャック・ベリーはわしの6歳上で、エルヴィス・プレスリーはわしの3歳下。ええっと、ミック・ジャガーはわしの11歳下です」

 爺さんはなるべく若い世代を言おうとミック・ジャガーの名前を出したのだが、

「――?」

 クララは首を傾げて(ミック・ジャガー?知らないけど、ちょっと肉じゃがみたい)と思った。

「ま、まさか、チャック・ベリーもエルヴィス・プレスリーもローリングストーンズも知らないと?」

 爺さんは軽く打撃を受けたようだ。

「え、ええ」

 クララがロックンロールといって真っ先に思い浮かぶのは父親がよく口ずさむ横浜銀蝿だった。

「ほら、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でマーティが最初にタイムトリップした時代が1955年で、ダンスパーティーでギターで弾いたのがチャック・ベリーの曲なんだ。爺さんはあの時代の若者だったんだよ」

 アランが説明した。

「ああ、あのGO、GO~って曲がそうなのね」

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は1985年公開の映画でクララもアランも生まれる前だが、何度もテレビ放映しているので当然のように観たことがあった。

「チャック・ベリーの『ジョニー・B・グッド』は若い頃に指に血マメが出来るほど練習したものですよ」

 爺さんはギターも弾けるのだ。

 しかも、ダック・ウォークで。

 ダック・ウォークとはギターを抱えて屈んで片足でピョンピョンとリズムを刻みながらステージを横切るチャック・ベリー独特のギター奏法である。

 爺さんにとって『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は24年前にヴェロニカと一緒に観た思い出の映画だった。

『ジョニー・B・グッド』をギターで弾いてヴェロニカに聴かせてあげた。

 勿論、ダック・ウォークで。

 ヴェロニカは爺さん(当時は50代半ば)の和服姿でロックンロールのギャップにシビレて恋に落ちたのだ。


「今度、弾いて差し上げましょう」

 爺さんがニッコリとクララに微笑む。

「ありがとうございます」

 クララは愛想笑いで答えた。

 この場合の断り方など思いつかない。

「……」

 爺さんは満足げに目を細めて何度も頷いた。

 クララのことは今年の6月にもアランの花嫁になる娘だと思っている。

 アラン本人が爺さんにそう言ったからだ。

 先日、出生の秘密を明かした後、爺さんは宝飾店でアランに150万円のダイヤの指輪の代金をポンとゴールドカードで払ってやった。

 バレンタインのデートでプロポーズするというので両家の顔合わせも2月中が良かろうとカレンダーで大安吉日の確認もした。

 クララの意向などお構い無しに自分勝手なアランのクララとの結婚話はますます進んでいるのだ。
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