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第11弾 夕陽に向かって走れ

She is an unsophisticated girl.(彼女はウブな女のコ)

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(ジョーさんのハニーになりたい?何なの?このコ)

 疑心暗鬼のクララの目前でパティは作法どおりに上品に紅茶を飲んでいる。

 テーブルマナーがごくごく自然に身に付いていて育ちが良さそうだ。

 いかにもおっとりした清楚なお嬢様タイプでスケコマシの男とふしだらなことをするような女のコにはとても見えない。

 もしや、パティはジョーのハニーというのをファンクラブのメンバーか何かと勘違いしているのかも知れないと、

「――あの、ジョーさんがハニーって呼んでる女のヒトって不特定多数の不純異性交遊の相手のことよ?平たく言ったらセフレなのよ?」

 クララはコソッと声を潜めて説明した。

 セフレなんて生々しい言葉は口にするのもイヤだったが、ハッキリ言わないとパティには分からないかと思ったのだ。

「やだ。勿論、そんなこと分かってます」

 パティは赤面して恥ずかしそうに両手で頬を押さえた。

(え、ええ?分かっていてセフレ志願?な、何で?)

 クララは理解が出来ない。

「あ、アンさんとリンダさんがいらっしゃいました。クララさん、紹介して下さい」

 パティはキャスト食堂にアンとリンダが入ってきたのを見ると嬉しげにクララを促した。


「あら?クララちゃん、休憩~?」

「今日はずいぶん遅いのね~」

 アンとリンダは気安くクララ達のテーブルに着いた。

 2人はサルーンでのカンカンのショウの前にコーヒーブレイクに来たようだ。

「あの、このコ、今日からスイーツ・ワゴンの売り子を始めたばかりのバイトのパティです」

 クララは仕方なくアンとリンダにパティを紹介する。

「パティです。わたし、子供の頃からずっとカンカンのアンさんとリンダさんのファンなんです」

 パティは憧れの女性を見るようにアンとリンダに目を輝かせた。

「子供の頃から?」

「何歳なの?」

 アンとリンダは、「19歳です」とパティが答えると「じゃ、たしかに子供の頃からだわね」と嘆息した。

「あの、わたし、アンさんとリンダさんのようにジョーさんのハニーになりたいんですが、ジョーさんのハニーになるにはどうしたらいいですか?」

 パティは唐突に本題に入り、大真面目な顔でアンとリンダに迫った。

「……?」
「……?」

 アンもリンダも(何?このコ、正気?)というような顔でパティを見返した。

(――な、なんて単刀直入なコなの?)

 クララは頭がクラクラした。


「あなた、とてもそんな感じには見えないけど意外に経験豊富なの?」

 アンが訝しげにパティに訊ねる。

「いいえ、まさか。ずっと女子校で男のヒトとお付き合いしたこともありません」

 パティは赤面してブンブンと首を振る。

(へええ、まるで絶滅危惧種の天然記念物乙女と呼ばれたわたしみたい)

 クララはそう思ってからハッとした。

(あっ、けど、わたしはすでにアランとKissしてしまってるっ)

(全然、Kissの記憶がないけど、わたしはすでにパティよりも経験があるんだわ)

 クララはまっさらに清らかな乙女のパティを前にして自分は天然記念物乙女の看板を下ろさなければいけないような心境になった。

「あなたみたいにウブなコが何でまた?」

「本気でジョーちゃんのハニーになりたいの?」

 アンとリンダは興味津々に訊ねる。

「――ええ、実は――」

 パティはジョーのハニーになりたい事情を包み隠さず語り出した。

「わたし、もう親の決めた婚約者がいて、女子大を卒業したら結婚するんです」

 パティはこの地元で一番大きい病院の一人娘だった。

(――えっ?じゃ、マーサさんが入院中のあの立派な病院?)

 クララはこれぞ本物のお嬢様だとパティを見直した。

「婚約者は30代の脳外科医で、優秀な医師せんせいらしいんですけど見た目は冴えないし、とても恋愛感情なんて持てないんです。婚約者は今、ボストンに留学中で、わたし、その隙に格好良い憧れのジョーさんのハニーになって初体験して女の悦びというのを知りたいんです。冴えない婚約者と結婚して初体験なんて絶対にどうしても耐えられないんです」

 パティは涙ながらに訴えた。

「初体験したくもない男と結婚するの?」

「いいの?あなたの一生の問題なのよ?」

 アンとリンダは呆れ顔して訊ねる。

「はい。一生の問題です。だから、わたし、将来のために優秀な医師せんせいと結婚するのが、一生、先々まで、それこそ子孫の代まで安泰って分かってるんです」

 パティはキッパリと言った。

 子孫の代の安泰まで考えてのことなら他人がどうこう口出ししても仕方ない。

「ああ、けど、ジョーちゃんって未成年はパスなのよね」

「あ、そうそう。あなた19歳だものね?」

 アンとリンダはどうにかパティのハニー志願を断る理由を見つけるが、

「あ、もう来月20歳になります。わたし、ホントに馬鹿で、勉強も出来なくて、1年留年してるんです」

 パティはクララが思った以上に物覚えが悪かったようだ。

(じゃ、来月にはパティはジョーさんのハニーに?)

(わたしよりウブなお嬢様が?)

(わたしを差し置いてジョーさんと初体験?)

(そんなこと、絶対に、絶対に、絶対に、許さないっ)

 ガタッ。

 クララはいきんで立ち上がった。

 とたんに立ちくらみなのか一気に頭から血の気が引いた。

「――あ――れ――?」

 キャスト食堂の天井がグルグルと渦巻きのように回って見える。

「――クララちゃんっ」

 フラフラしたクララの身体を素早く横からアランが抱き抱えた。
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