上 下
217 / 297
第11弾 夕陽に向かって走れ

Miss patty(ミス・パティ)

しおりを挟む

 一方、

 その頃。

 クララは地下通路をバックステージへと急いでいた。

(もぉう、バイトのコのフォローしてたら休憩が遅くなっちゃった)

 今日はいつもより1時間もバックステージへ戻るのが遅いのだ。

 クララの顔にはイライラした不機嫌さがあらわに出ていたのだろう。

「クララさん、わたしのワゴンのドーナツまで売って下さって休憩が遅くなっちゃって、ホントにすみません」

 バイトのパティ(天白てんぱくいずみ)が半泣きでペコリとする。

 パティは土日だけのバイトの胡蝶蘭女子大1年生で今日がスイーツ・ワゴンの初日だった。

 タウンのキャストの採用はルックス重視なのでパティも美少女系の可愛い顔立ちをしている。

 ただ、甚だしく仕事の覚えが悪く、動作のゆったりしたグズでのろまなコだった。

「ううん。いいのよ。気にしないで」

 クララは努めて笑顔を作った。

(あああ、わたしも今ではタウンの社員だし、19歳のバイトのコにクララさんなんて呼ばれて年齢としを感じちゃうなぁ)

 クララも胡蝶蘭女子大1年生の頃からタウンでバイトしていたのでスイーツ・ワゴンの売り子は今年6年目で手慣れたものだ。

 なにしろクララのワゴンは売れ行きが良かった。

 今日だってクララのワゴンの午後の販売分のドーナツは4時までに売り切ったというのに、リーダーにバイトのコの売れ行きが悪いからとパティのワゴンのフォローを押し付けられたのだ。

 メインストリートのスイーツ・ワゴンは冬季は午後5時でクローズだが、結局、クララはパティのワゴンの販売分もクローズまでに売り切ってしまった。

(あああ、この調子じゃ明日もわたしがフォローしてあげなきゃならないのかなぁ)

 クララはこれまでガンマンキャストが4時頃に早めの夕食にキャスト食堂へやってくるのに合わせて自分のオヤツ休憩を4時頃に取っていたのだ。

 それが今日みたいにグズでのろまなバイトのコのフォローで1時間も休憩が遅くなってしまうのは大迷惑だ。


(――ああ、もういない)

 クララがキャスト食堂へ入るとガンマンキャストがいつも座っているテーブルは空っぽだった。

 念のため他のテーブルもキョロキョロと見渡すと隣のテーブルのアランとバチッと目が合った。

「ああ、ジョーさん達ならバッキーさんにくっ付いて美容院へ行っちゃったよ」 

 訊きもしないのにアランが教えてくれた。

 ジョー、メラリー、マダムの3人は太田の付き添いで駅前の美容院へ行ったらしい。

「ちなみに俺はホテルのバイトに行くまで時間潰し。あ、俺のことなんて興味なかったっけ?」

 アランは嫌みっぽく笑って食後のコーヒーをグビッと飲む。

「あら、わたしのことホンットによく知ってるのね?」

 クララも嫌みっぽく笑って返した。

 アランvsクララの『愛は平和ではない。愛は戦いである』という何だかよく分からない戦いはいまだ続行中だ。


「クララさんって騎兵隊のアランさんと結婚前提のお付き合いなんですよね?素敵」

 パティはうっとりして言った。

 今のクララとアランの嫌みっぽいやり取りも気の置けないカップルに見えたようだ。

(バレンタインのダブルダブルデートが終わったらアランとは交際解消なんだけど、このコにいちいち説明するのも面倒だし。ま、いいか)

 クララは曖昧に笑ってトレイを取って配膳台に並んだ。

 すでにアニタ、スーザン、チェルシーと相談してダブルダブルデートはバレンタイン本番の2月14日と決めていた。

 みなが仕事を終えた午後6時から星空の下のデートだ。


「たぬきうどん下さい~」

 クララは今日はさっさと食べたいので簡単に麺類にした。

 ジョー達の会話の盗み聞きが出来ない休憩には何の張り合いもない。

 19歳の可愛い女子大生のバイトのコと一緒に休憩なんてうんざりだった。

 クララは自分もブリッコなくせに自分以外のブリッコは気に入らないのだ。

 しかも、このパティ、とんでもない食わせ者だった。


「クララさんってカンカンのアンさんとリンダさんと親しいんですよね?」

 パティはクララと向かい合ってテーブルに着くと、意気込んで身を乗り出した。

「ええまあ」

 クララはちょっと首を傾げる。

 寿司屋でのガンマン会の会合で親しくなったかも知れないがよく分からない。

「アンさんとリンダさんってジョーさんのハニーなんですよね?羨ましい」

 パティはうっとりとして言った。

(う、羨ましい?)

 クララはうどんを吸い込んだ口をタコのように突き出したまま顔を上げた。

 パティはさっきクララとアランのカップルを「素敵」とうっとりして言ったが、それと同じようにジョーのハニーも「羨ましい」とうっとりして言ったのだ。

 さらに、パティはモジモジしながら、とんでもない発言をした。

「実は、わたし、ずっとジョーさんのファンで、それで、ジョーさんのハニーになりたいなって、それで、思い切ってタウンでバイトを始めたんです」

 ジョーのハニーになりたい?

(――な、何?このコ?)

 クララは未知の生物に遭遇したかのように茫然とパティの顔を見つめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

バーチャル女子高生

廣瀬純一
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』

コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ” (全20話)の続編。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211 男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は? そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。 格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

処理中です...