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第10弾 マイフェアレディ
Scintillate(ヒカリモノ)
しおりを挟む「こんにちは~♪」
「呼ばれてないけど来ちゃいました~♪」
アンとリンダがカンカンのセクシーポーズで店内に現れると、
「おおお~~っ」
爺さん連中が一斉に色めきたった。
~~♪
奥の一段高いステージでは爺さんがカラオケ熱唱の最中。
やはり歌っているのはアメリカ民謡、聴けば誰でも知っている『草競馬』だ。
「ウェスタン・タウンの姉ちゃんだ♪doo-dah!doo-dah!駅からタウンは5マイル♪Oh!doo-dah-day♪」
カウンター席の爺さん連中も「doo-dah!doo-dah!」と大合唱する。
『草競馬』は日本語の訳詞にまだ著作権があるのでここはオリジナルの替え歌だ。
「doo-dah!doo-dah!」と店内はますます騒がしい。
広い店内はステージを除いてU字のカウンター席になっていて、カウンターの中では寿司職人3人が黙々と寿司を握っている。
爺さん連中は20人は集まっているだろうか。
戦中世代が2割、焼け跡世代が7割、団塊世代が1割というメンバーだ。
「カンカンのアンちゃんとリンダちゃんじゃないの~」
「こっち、こっち空いてるよ~」
爺さん2人が手招きする。
「あら~?」
「わたし達のこと、ご存知なの~?」
アンとリンダは爺さんの隣にスルッと座った。
「そりゃあ、わし等、ウェスタン・ショウの常連だからさ~」
「オープンから踊ってるアンちゃんとリンダちゃんを知らないはずないよ~」
爺さん達はデレデレとやにさがる。
(――え?アンさんとリンダさんってタウンのオープンからいるの?)
(いったい何歳?)
クララは目をパチクリさせた。
タウンのキャストの採用は18歳以上で高校生不可となっているので、一番若く見積もって11年前のオープンに19歳としても今年30歳ということになる。
(ひょっとして、2人はジョーさんより年上?)
(そういえば、アンさんもリンダさんもジョーさんのこと『ジョーちゃん』なんて呼んでるし)
そう考えるとジョーの彼女の座を狙うのに若さは大した武器にならないような気がする。
(じゃあ、やっぱり、グラマーじゃないとダメってこと?)
(Dカップくらいはないとダメってこと?)
クララは渋面して自分のBカップ弱の胸元を見下ろした。
「クララさぁん?こっちっすよ」
ケントの呼ぶ声で、
「――あっ」
クララはハッと我に返った。
エレベーターホールでぼんやりしている間にジョーもメラリーもケントも店内へ入っている。
爺さん、アン、爺さん、リンダ、その隣にジョー、メラリーの順に座っていた。
ケントはメラリーの隣の席をクララに勧めて自分はU字のカウンターの一番前の席に座った。
カラオケでギター演奏をするケントはステージの前がちょうどいいのだ。
「あ、あの、はじめまして。スイーツ・ワゴンのクララです。わたしまで来ちゃってすみません」
クララは慌てて爺さん連中にペコリとしてメラリーとケントの間に座った。
(わたし1人だけショウのキャストじゃないし、なんだか気後れしちゃう)
だが、そんなことよりも、
(あああ、ジョーさんと近い――っ)
クララは感激に打ち震えた。
隣の隣にジョーが座っている。
(いきなり隣だとド緊張しちゃうから隣の隣くらいが平常心を保てるギリギリよね?)
クララはドギマギしながらコートとバッグをカウンター下にある棚に入れた。
「何でも好きなもん頼んでよ~」
美豆里寿司の爺さんがメニューを配ってくれる。
「俺はメラリーと同じもので」
「じゃ、俺も」
ジョーとケントはメニューも見ずにオーダーをメラリーに丸投げした。
メラリーは遠慮なく店で一番良いメニューをオーダーするに決まっているのでメラリーと同じと言っておけば間違いないのだ。
「クララちゃんは~?」
美豆里寿司の爺さんが馴れ馴れしく訊ねる。
(――え?え?わたし、どうしよう?)
(ここで自分だけ違うメニューを頼むのもノリが悪いし)
「あの、じゃ、わたしもメラリーちゃんと同じので」
クララはドギマギしながらジョーとケントに合わせた。
「アンちゃんとリンダちゃんは~?」
美豆里寿司の爺さんがデレッと訊ねる。
「ん~、わたし、活ホタテの刺身とアサリの酒蒸しとイカげそと白ワイン」
「わたし、はまぐり貝焼きとイカのルイベと鮪とアボカドのカルパッチョと白ワイン」
アンとリンダはメニューをじっくり見てマイペースに自分達の食べたいものをオーダーした。
(あ、わたしも鮪とアボカドのカルパッチョ食べたかった)
クララはメニューをろくに見もしないでシマッタと思った。
「ん~、俺、取り敢えず、この美豆里特選おまかせコース~」
メラリーは意外にあっさりとオーダーを決めた。
「お~、おまかせを選ぶなんざぁ、さすがにメラリーちゃんは食通だね~。今日はガンマン会のために特別に仕入れた良いネタがあんだよ~」
美豆里寿司の爺さんはメラリーをチヤホヤする。
客商売の大ベテランともなるとメラリーから放たれる金持ちのお坊ちゃまオーラを鋭く察知するのだろう。
いや、ガンマン会の爺さん連中はホテルアラバハの歓談の宴でメラリーが金持ちのお坊ちゃまだということはすでに知っていたか。
(おまかせコースかぁ。わたし、ヒカリモノだけ苦手なんだけど)
クララはドギマギしながらお茶を飲もうとしたが、
(あぢっ、何でお寿司屋のお茶ってこんな熱いの?)
あまりの湯呑みの熱さに手に持つのも無理だった。
一方、
同じ頃。
(う~ん、やっぱり、めちゃくちゃ高いなぁ)
アランはホテルアラバハのバイトの昼休憩で駅前の通りに面した宝飾店のショーウィンドウを覗いていた。
ヒカリモノはヒカリモノでも宝石の付いたキラキラに光るエンゲージリングだ。
昔ながらの温泉街で芸妓が贔屓の旦那衆にねだって買わせるためなのか駅前には高級品を揃えた呉服屋や洋品店や宝飾店がそこかしこにあった。
(あ、これ、クララちゃん好きそう。ハートのデザインで可愛いし、値段も手頃――)
(――くあっ?15万かと思ったら150万っ?)
アランは高額な値札にビビッて店内に入る度胸もない。
その時、
「――これ、新哉ではないか?」
背後からの声に振り向くと、アランの母方の祖父である老舗旅館はゆま屋の主が立っていた。
はゆま屋の爺さんは番傘を差して二重回しという和の風情溢れる出で立ちだ。
対するアランはホテルのバーテンダーの制服にロング丈のPコートを羽織った格好だった。
爺さんは宝飾店のショーウィンドウの指輪とアランの顔を見比べて、
「……」
しばし、沈思黙考すると、やにわに何かを決断したようにカッと目を見開いた。
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