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第10弾 マイフェアレディ

They are happy in it(彼等はそれで幸せ)

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「バミーとバーバラはガンマン会には行かないんですか?」

 太田がバミーとバーバラに訊ねた。

 お寿司と聞いたら張り切ってタッパー持参でガンマン会に押し掛けそうな2人が妙におとなしいのだ。

「うん~。わたし達、雨キャンはマーサさんちで猫とま~ったりする~」

「畳の部屋でおこた入って~、テレビ観ながらミカン食べて~、猫とゴロゴロするの~、極楽だよ~」

 バミーとバーバラはうっとりと夢見心地に答える。

 2人は昨夜のカンカンの祝勝会でご馳走もたらふく食べたし、カラオケもマイク独占で歌いまくって存分に満足したのだった。

「ほぉ、2人はホントに猫好きなんですね」

 太田は微笑ましげに目を細めた。

「うん。大好きだよ~」

「猫はどんな猫もだいたい可愛いけど、マーサさんちのアイ、マイ、ミーはそこいらの猫の10倍は可愛いと思うんだ~」

 バミーとバーバラはもう猫にメロメロといった表情だ。

 山田家の飼い猫3匹はアイ、マイ、ミーという分かりやすい名前らしい。

 2人がマーサの入院中に山田家の住み込みのお手伝いさんになって、なにより嬉しいのは猫と暮らせることだった。


 そんなこんなで1時間が経過し、

「それじゃ、解散~」

 ゴードンの号令でミーティングという名の無駄話タイムが終了となった。

「やっと終わったぁ」
「帰ろ、帰ろ」

 いの一番にバミーとバーバラが慌ただしくミーティングルームを走り出ていく。

 1分1秒でも早く山田家に戻って飼い猫3匹とゴロゴロしたいようだ。

 貧乏な騎兵隊キャスト、先住民キャストはそれぞれのバイトへ、

 ロバートとマダムはインディアン料理を食べにタウンへ、

 メラリー、ジョー、ケント、アン、リンダは駅前の寿司屋へ、

 太田とトムとフレディはいつもどおりに早めの昼食にキャスト食堂へと向かった。


「どうやらバミーとバーバラはマーサさんちの飼い猫に夢中で俺のサカジャウィアには興味が失せたようだな」

「だな。俺のポカホンタスも」

 トムとフレディは本日のサービスメニューのビーフカレーを虚ろな表情で緩慢に食べ始めた。

 これまでバミーとバーバラはちょいちょいキャスト宿舎のトムとフレディの部屋を訪れては飼い猫のサカジャウィアやその仔猫のポカホンタスと遊んでいたのだ。

 その度にトムはフレディにも手伝わせて、いそいそとちゃんこ鍋を作ってはバミーとバーバラに振る舞っていた。

 元力士のトムは相撲部屋で相撲よりもちゃんこ番で力量を発揮したほどで、トムが作るちゃんこ鍋の味は絶品だった。

「もう俺等の猫もちゃんこ鍋もバミーとバーバラを引き寄せる力は失せたってことか」

「だな」

 トムとフレディは力無くうなだれた。


「――あの、さっきから聞いていたら、どうもバミーとバーバラが2人の彼女という説が疑わしいんですが?」

 太田は怪しむ目でトムとフレディを見た。

 2人の会話を聞いた限りではバミーとバーバラの目的は飼い猫とちゃんこ鍋でトムもフレディも眼中にないのではないか。

 家なき子の放浪生活で食費が月1万円だったバミーとバーバラなのだから大好きな猫がいて美味しいちゃんこ鍋を出されたら喜んでちょいちょい遊びに行くだろう。

「いいや。バミーは俺に言ったんだ。『サカジャウィアはデブ猫で可愛いね。わたし、デブ猫って大好きなんだ。そういえば、トムに似てるね』ってよ」

 トムは頬をポッと赤らめて、

「で、それに答えて俺はこう言ったんだ。『バミーはオコジョに似てるよな。俺はオコジョが大好きだ』ってなっ」

 巨体をくねらせて照れまくった。

「ああ。バーバラも俺に言ったんだ。『フレディは雑種の茶トラっぽいね。わたし、雑種が一番好きだな』って」

 フレディもそう言って、

「で、俺は『バーバラはラッコみたいだな。俺はラッコが一番好きだ』って言ったんだ」

 鼻の下を伸ばしてニヤニヤとにやけた。


「はあ、なるほど」

 太田は眉間を寄せて難しい顔をした。

(つまり、佐藤左千夫の小説『野菊の墓』形式に遠回しに好きだとお互いに告白し合ったのだとトムとフレディは解釈した訳ですね?)

 だが、おそらくバミーもバーバラもまったくそんなつもりはなかったに違いない。

 あの開けっぴろげな2人が遠回しにもったいぶった告白などするはずがない。

 十中八九、『野菊の墓』も読んでいない。

 トムとフレディの勘違いなのだ。


 太田はそういうことかと腑に落ちて、トムとフレディに彼女がいなかったことに心の底からホッとした。

 そして、トムとフレディの勘違いの件は黙っていようと思った。

 このままトムとフレディはバミーとバーバラとの交際が自然消滅したと思うだろう。

 トムとフレディには清らかな純愛をした可愛い彼女がいたという楽しい思い出だけが残るのだ。

 それでいいではないか。

 ジョー、メラリー、それから、自分、みな独り者で、それで、みな幸せなのだと勝手に思った。

(それにしても、オコジョだのラッコだのイタチ科の動物に似ていると言われて嬉しい女のコなどいませんよね?)

 太田はトムとフレディの粗忽そこつさに首を捻りながらビーフカレーのおかわりに席を立った。


 一方、

 その頃。

「――わわわわっ、ウソっ。もう11時っ?寝坊しちゃったあっ」

 クララは目覚まし時計を放り投げ、ベッドから飛び起きたところだった。
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