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第10弾 マイフェアレディ

you'll see!(今に見ていろ!)

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「やったあぁ」

「リズも合格よっ」

 間髪を置かずにカンカンの踊り子から拍手と歓声が湧き起こる。


 クララ、ミーナ、スーザン、チェルシーは息を詰めて前のめりで審査を見守っていたが、

「合格?」

「アニタも合格よ」

「どうなるかとヒヤヒヤしたけど」

「ああ、良かったぁ」

 ようやくアニタの合格が決まった安堵でグタッと脱力して椅子に凭れた。


「――う、ぐっ」

「――ぐぐぐっ」

 早くもジョーと太田は感涙にむせんでいた。

 バッキー、バミー、バーバラでキャラクタートリオの太田はともかく、ジョーはバミー、バーバラともアニタともそれほど親しくもないのにジジイのように涙腺が弱いのだ。

「ふ~ん」

 メラリーはやはり無駄に熱い2人に自分とは昼と夜くらいの温度差を感じていた。


 やがて、レオタードを着替えた候補者がぞろぞろと多目的ホールへ戻ってきた。

 もうステージのホワイトボードに合格者の氏名が貼り出されている。

 自分の氏名が無かった候補者はすごすごと廊下を引き返して帰っていく。


「あ、あったっ」

「わたしもあったっ」

 バミーとバーバラはホワイトボードの『田中みずほ』と『高木のぞみ』を指差し、歓声を上げた。

「あとは、上浦かみうらつばさ、輪図りんずさくら、大仁田おおにたあかね

 バミーとバーバラが聞こえよがしに大声で読み上げる。

「――ウソッ。わたし?」

 アニタは信じられないと目をパチパチと瞬く。

 実のところ伊砂原いさごはら姉妹のフリーのパフォーマンスを見た時に負けたと諦めて自分が合格するとは思ってなかったのだ。

「ほらっ」

「アニタ、合格だよ」

 バミーとバーバラが左右からアニタの頬っぺたをつねる。

「い、痛くない。やっぱり夢なのぉ」

 アニタは泣きそうな声を出す。

「え?今のは手加減したからだよ」

「いい?本気でつねるよ?」

 バミーとバーバラはアニタの頬っぺたをムギュッと半回転するほど容赦なくつねった。

「いっ、痛いっ」

 つねられて赤くなったアニタの両頬に(夢じゃない)(夢じゃない)と大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「う、受かったわ~」

「また一緒にカンカンで踊れるのよ~」

 カンカン復帰が叶ったカミラとリズも抱き合って嬉し泣きしている。


 そこへ、

「納得いかないわっ」

「わたし等が不合格ってどういうことっ?」

 合格者5人の感動に水を差すように金切り声を上げたのは伊砂原いさごはら姉妹だった。

「だって、わたし等はカンカンのリーダーのママとルックスもパフォーマンスもそっくりなのに。そのわたし等が不合格なんておかしいじゃんっ」

「そうよっ。しかも、わたし等のほうがママよりかずうっと若いんだから、さらに有利なはずじゃんっ。不合格なんて納得いかないわっ」

 伊砂原姉妹は審査員の前に猛然と進み出て抗議する。

「ふぅ~」

 アンとリンダはうざったそうに吐息した。

 この双子を不合格にした判断に間違いはなかった。

 カンカンのサブリーダーのアンとリンダとしてはこんな生意気な双子の面倒を見させられるのは真っ平ご免なのだ。


「あなた達の言うとおりよ。ルックスもパフォーマンスもサンドラとそっくり同じだわ。ステージなら遠目ではサンドラと見分けが付かないかも知れないくらいにね」

 マダムがそう言うと、伊砂原姉妹は(なによ。分かってるじゃん)というように得意げに顎を反らした。

「けど、それが不合格の理由よ。あなた達があまりにサンドラにそっくりだから落としたのよ」

 マダムの判定に伊砂原姉妹は揃ってピクピクとこめかみを震わせた。

「……」
「……」

 カンカンのリーダーのサンドラというお手本どおりにパフォーマンスが出来るのにと不満いっぱいの表情だ。


「そうよ。いくら上手くたって物真似だもの」

「そうよね。プロの歌手とそっくり同じに歌えたって歌手になれる訳ないんだから」

「不合格で当然の結果だわ」

 カンカンの踊り子はマダムの判定を支持して口々に言い立てる。


「……」
「……」

 伊砂原姉妹は言い返すことも出来ずに悔しげに唇を噛む。

「次のオーディションを受けることがあったら独自のパフォーマンスで勝負してちょうだい」

 マダムはニッコリして席を立った。


「なによっ。わたし等、今日、成人式だったのに。式典の後ですぐに振り袖、脱いでオーディションに来たのにっ。こんなのってないわっ」

「そうよっ。友達はみんなカラオケ飲み会に行ったのにっ。こんなことなら飲み会に行けば良かったっ。みんな、わたし等が歌って踊る『恋のインディアン人形』楽しみにしてたのにっ」

 伊砂原姉妹は怒りをぶつける相手もなく八つ当たりに喚き散らす。

「うるさいコ達ねっ。今からでも飲み会に合流したらいいでしょっ」

 サンドラがイラッと叱り付けた。

 カンカンの踊り子が勢揃いの前で娘達のぶしつけな振る舞いにリーダーとしての面目丸潰れなのだ。

「ふんっ、ママに言われなくたって行くしっ」

「ああっ、もう、さんざんだよっ」

 伊砂原姉妹は腹いせに床を踏み砕くような足音を響かせながら長い廊下を去っていった。


「あの双子ちゃん、リンリンランランの『恋のインディアン人形』を挙げたあたりにウェスタン・スピリッツを感じたわ。また来年のオーディションで待っているからと伝えておいて」

 ゴードンはそう慰めてサンドラの肩をポンと叩いた。


「あ~、甘いもの食べたら、しょっぱいものが食べたくなっちゃったな~。晩ご飯に行こうっと」

 メラリーはカステラの空き箱をカラカラと振って席を立った。

「ああ、本日のサービスメニューは豚肉の梅マヨ炒めだぜ~」

 ジョーも席を立って涙と鼻水を拭いたティッシュをゴミ箱にポイッと投げ捨てる。

「あ、メラリーちゃん。カステラの空き箱、ハンカチの整理整頓に使うので俺に下さい」

 太田は廊下へ出ていく2人を早足で追ってから扉の前でステージを振り返った。


 ステージでは合格者のバミー、バーバラ、アニタ、カミラ、リズが並んで、広報部のカメラマンが写真撮影している。

 この写真は来月のいなご新聞に載るのだろう。

「……」

 しばし太田はカメラのフラッシュを浴びる5人の笑顔を眩しげに見つめた。

 5人の笑顔はオーディションを勝ち終えた解放感と歓喜と誇らしさでピカピカに輝いている。


「――おめでとう。俺も必ずや、騎兵隊オーディションの合格者として来月のいなご新聞に――っ」

 太田はグッと握り拳で決意を込める。

 フレンチカンカンの次はいよいよ騎兵隊キャストのオーディションだ。
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