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第10弾 マイフェアレディ
to pick a fight(いちゃもんを付ける)
しおりを挟む~~♪
みなの心配をよそにアニタは舞台の端でノリノリに踊っていた。
(ラインダンスもフリーのパフォーマンスも練習どおりには出来たし、自分のベストは尽くしたわ)
(緊張しいのわたしでもミスがなかったんだから上々よね)
(もう今さらジタバタしたって始まらない)
最後の候補者のフリーのパフォーマンスが終わるまではこうして自由に踊り続けるのだ。
早い順番で自分のフリーのパフォーマンスを終えて気持ちに余裕が出てきたせいか観客席の顔ぶれもよく見えてきた。
(あ、ケント)
楽団でトランペットを吹くケントと目が合う。
アニタはラインダンスのパートから楽団の演奏に合わせて踊っていたというのにケントがトランペットを吹いていたことに今さら気付いた。
そのくらい一心不乱だったのだ。
ケントは熱を込めた目顔で(よくやった)というように頷いてみせた。
(クララ、ミーナ、スーザン、チェルシーも応援に来てくれたんだ)
口角をめいっぱい引き上げたスマイルをみなに向けながらノリノリに踊る。
(あ、メラリーちゃん、カステラ食べてる)
アニタは観客席の一番後列のメラリーに気付いた。
「あ~、アニタ、こっち見てる。いえ~い♪」
メラリーはアニタにカステラを見せびらかしてから大口を開けてあんぐりと頬張った。
(もぉっ、メラリーちゃんったら、また嫌がらせぇ?)
アニタは踊りながらメラリーにお尻を向けてプリプリと振ってみせた。
(アニタ、なにそれ?)
(わたし達もやろっ)
バミーとバーバラもアニタに倣って観客席にお尻を向けてプリプリと振ってみせる。
2人は普段から着ぐるみの中身でしゃべらずとも意思の疎通が出来るので以心伝心だ。
「ほほ、あのお尻プリプリ、可愛いわね。リニューアルのショウのダンスの振り付けに取り入れたらどうかしら?マリーちゃん?」
「ええ、いいわね」
ゴードンとマダムは舞台の左右で自由に踊り続ける候補者のほうを見ていた。
もう審査員の誰も舞台の中央でフリーのパフォーマンスをしている候補者など見ちゃいない。
せっかく得意のパフォーマンスをしているのに気の毒だが残りはラインダンスのパートですでに落選と確定済みの候補者なのだ。
そうこうして、候補者19人のフリーのパフォーマンスが終わった。
「本日のダンス審査は以上です。皆さん、お疲れ様でした。結果発表は1時間後です。各自、着替えを済ませてホールに集合して下さい」
ラインダンスとフリーのパフォーマンスで30分も踊り続けた候補者はみな汗びっしょりでステージを下りて女子更衣室のシャワールームへ向かった。
審査員5人が投票用紙を箱に入れる。
「ふんふん、バミー、バーバラ、カミラは満票一致で合格ね。あとの2名は――」
ゴードンが開票して投票用紙をホワイトボードに貼っていく。
「あら?伊砂原|《いさごはら》姉妹とリズとアニタで票が割れたわね」
伊砂原姉妹はそれぞれ1票、リズとアニタはそれぞれ4票ずつ。
なんと伊砂原姉妹に票を入れたのはゴードンだけだった。
「ちょっと、あなた達、何で伊砂原姉妹に入れてないのよ?弱冠20歳で瓜二つのプロポーション抜群の美女の双子ちゃんよ。あのコ達は集客力があるでしょっ」
ルックス重視で集客力が欲しいゴードンは伊砂原姉妹に票を入れなかった他の審査員にいちゃもんを付け出した。
「わたしは寛大にも今からでも票の変更を許可するわ。サンドラちゃん?あなた、母親だからって遠慮しないで双子ちゃんに入れてもいいのよ?」
ゴードンは開票してから票の変更を認めるという有り得ない暴挙に出た。
「まあっ、票を変更していいだって。ゴードンさんったら強引に双子を入れたいみたいじゃない?」
「なんて暴君なの。票ではリズとアニタが勝っているのに」
「票で勝っても決定権はゴードンさんなのよ。なにしろゴードンさんは独裁的なんだから」
カンカンの踊り子はやきもきと審査結果を案じる。
(そ、そんな、ゴードンさん以外はみんなアニタに票を入れたのに?ゴードンさんの独断で合否が決まっちゃうってこと?)
クララはハラハラと気を揉んだ。
他の審査員がみなリズとアニタに票を入れたのにゴードンはショウ担当のスーパーバイザーの権力を行使してゴリ押しで伊砂原姉妹を合格させるかも知れないのだ。
「そりゃあ、あの双子はルックスもパフォーマンスも申し分ないわ。でも、サンドラに似過ぎなのよ。ルックスもパフォーマンスもまるでサンドラのコピーよ。同じステージにサンドラが3人もいたらサンドラのそっくりショウになってしまうわ」
マダムは毅然として異議を唱える。
「う~ん、それは確かにそうね。サンドラちゃん?あなた、まだカンカンを引退するつもりはないの?」
ゴードンは「なんなら母親が引退して娘達と交替したらいいんじゃない?」という口振りだ。
「まさか、引退するつもりなんてないわっ。わたしはハイキックの足が上がる限りは60歳になったってカンカンを続けるつもりよっ」
サンドラはキッパリと断言した。
48歳の自分が引退して20歳の娘達に後進を譲る気はさらさらないらしい。
「……」
60歳になってもと聞いてゴードンはあからさまに顔をしかめた。
お色気たっぷりのフレンチカンカンの熱心なファンは圧倒的にオッサンなのだからフレッシュなピチピチの若い娘のほうが良いに決まっている。
しかし、それを言ったらセクハラ発言だの何だのと責め立てられるのでゴードンは我慢した。
「それじゃ、アンちゃんとリンダちゃんは?あなた達が伊砂原姉妹に票を変えたら3対2になって伊砂原姉妹が合格なんだけど~?」
ゴードンはアンとリンダに見返って、微笑みながらも脅すようなドスの利いた声色だ。
「ふん、票は変えないわよ。わたし達もあの双子をカンカンに入れるのは反対っ」
「そうよ。あの双子はカンカンの協調性を乱すわ。自己チューで自信過剰だしっ」
アンとリンダはゴードンの威嚇に負けじと椅子にふんぞり返って、つっけんどんに答えた。
(ああ、良かった。アンさんとリンダさんはゴードンさんの脅しに屈するようなヒト達じゃないんだわ)
クララはアンとリンダを見直した。
(さすがにジョーさんのハニーだけのことはあるんだわ)
ジョーはスケコマシだけに女性を見る目は確かなのだとクララは妙なところで感心してしまう。
「ええ、そう。双子で産まれた時からライバル同士で負けず嫌いで切磋琢磨してきたのはいいんだけど、お互いを認め合っているから自己肯定感が倍増されて自惚ればかり強くなってしまって」
サンドラは深く嘆息した。
伊砂原姉妹の自信過剰には母親の自分が誰よりも手を焼いているのだからアンとリンダに指摘されるまでもない。
「だから、あのコ達のためには一度くらいは天狗の鼻をへし折って敗北感を味わうのもいいと思ったのよ」
サンドラは決して自分が娘達にお株を奪われるのを警戒して票を入れなかった訳ではないのだ。
「では、開票の結果どおり、合格者はバミー、バーバラ、カミラ、リズ、アニタの5人に決定しますっ」
マダムはもうゴードンにつべこべ言わせまいと声高らかに宣言した。
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