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第10弾 マイフェアレディ

The audition day(オーディションの日)

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「ああっ、いよいよねぇ」

「ドキドキしてきたっ」

「気合い、気合いっ」

 アニタ、バミー、バーバラは普段どおりに仕事を終えて女子更衣室で黒のレオタードに着替えた。

 各々、鏡の前で髪をアップにまとめて念入りにメイクを凝らす。

 つけまつげバッチリでフランス人形のような舞台メイクだ。


 身支度を整えた3人はレオタードの上にジャージのパーカーを羽織ってオーディションが行われる多目的ホールへやってきた。

 ステージ裏に入っていくと他の候補者はすでに集まっていて黙々とウォーミングアップのストレッチをしている。

 応募総数382人の中から書類選考を通過したのが56人、さらに面接を通過した20人が今日の実技に挑むのだ。

 タウンのキャストということで面接を免除されたアニタ、バミー、バーバラの3人は他の候補者と顔を合わせるのは今この時が初めてだった。


「ゼッケンを配ります」

 進行役の運営部の女子社員からエントリーナンバーと氏名が記されたゼッケンを渡される。

「83番、田中みずほさん。88番、高木のぞみさん」

「はいっ」

「はいっ」

 バミー(田中みずほ)とバーバラ(高木のぞみ)がゼッケンを受け取る。

 この2人、本名が出たのは初めてか。

「96番、大仁田茜さん」

「はいっ」

 アニタもゼッケンを受け取って、3人はレオタードの上にゼッケンを着けた。

 その時、

「これで全員集合?」

「なんか思ったよりレベル低くない?わたし等が一番若くて美人じゃん」

「ホント。プロポーションだって一番だし」

「楽勝じゃん?」

 まるで他の候補者を鼻で笑うかのような聞き捨てならない会話が聞こえてきた。

(な、なに?その自信?)

 アニタ、バミー、バーバラは同時にクルッと振り向き、

「――う――」

 思わず唸った。

 そこには自信たっぷりなのも頷けるほど派手な顔立ちでプロポーション抜群の美女2人がいた。

 瓜二つの容姿を見ただけで双子と分かる。

「あれ?なんか見覚えあるんだけどぉ?」

「うん。初めて見るコ達だけど誰かに似てるような?」

「あっ、あの名前?」

 アニタ、バミー、バーバラは双子のゼッケンに注目した。

伊砂原いさごはらこだま』『伊砂原いさごはらひかり』とある。

「ああっ、伊砂原いさごはらってサンドラさんの苗字よぉ」

「そういえば、今年、成人式の双子の娘がいるって聞いた」

「珍しい苗字だから間違いないよ」

 3人に(すわ、強敵がっ)という戦慄が走った。

 伊砂原いさごはら姉妹はカンカンのリーダーのサンドラに顔立ちがそっくりでストレッチをしながらの決めポーズも母親ゆずりのセクシーな身のこなしだ。

「と、とにかく、わたし達もストレッチしなきゃっ」

「う、うんっ」

「落ち着け、自分っ」

 アニタ、バミー、バーバラは焦りながらも平常心を保ってストレッチに集中した。

 他の候補者など眺めている場合じゃないのだ。


 一方、

「こんな夕方からオーディションなんてさ~」

 メラリーはぶつくさと言って長い廊下を進んでいた。

「そりゃ、審査するのがゴードンさん、マダム、カンカンのリーダーのサンドラさん、サブリーダーのアンとリンダなんだから今くらいしか時間が取れねえだろ」

 ジョーはメラリーの歩幅に合わせてダラダラと歩いていく。

「もう5分前ですよ。急がないとオーディション始まっちゃいますからっ」

 太田がイライラと急かして3人は早足で多目的ホールへ向かった。

 ショウのキャストのオーディションはゴードンの「ギャラリーに見られて緊張して実力を発揮することが出来ないようじゃパフォーマー失格よ」という意見によって観客席で自由に見物が出来るのだ。


 多目的ホールには折り畳み椅子がズラリと並び、カンカンの踊り子がステージの真正面の観客席を陣取っている。

 他にも200人ほどのキャストが見物に集まっていた。

 オーディションのダンス審査は本番のショウと同じく楽団の生演奏で行われるのでステージ前に楽団も待機している。

 楽団にはトランペット吹きのケントもいる。

 観客席の最前列の空いている5席は審査をするゴードン、マダム、サンドラ、アン、リンダの席だ。


「ねぇ?気になって見に来ちゃったけど、わたし達が見てたら3人とも緊張しちゃうかなぁ?」

「うん。迷惑だったら悪いわよね?」

「大丈夫よぉ。ステージからは気付かないんじゃない?」

「そうよね?それに、わたし達に気付くくらいなら落ち着いてる証拠じゃない」

 クララ、ミーナ、スーザン、チェルシーはなるべく目立たないようにカンカンの踊り子達の後ろ側に座っていた。


「なんだ。ほぼ満席じゃん」

「一番後ろしか空いてない~」

「思った以上に盛況ですね」

 開始時間ギリギリにやってきたジョー、メラリー、太田は観客席の一番後ろに座った。


「――お?お出ましだぜ」

 ジョーが背後を見やる。

 やおら多目的ホールの両開き扉が左右に開き、ゴードン、マダム、サンドラ、アン、リンダが入ってきた。

 5人はいつになく厳しい表情で物々しい威圧感を漂わせながら前方へ歩いていく。

「すごい迫力~。なんか極道の親分と姐御あねごみたい~」

 メラリーはあんまりな喩えだ。

「まあ、たしかに迫力あります」

 太田も迫力という点に同意する。


「エントリーナンバー順にステージに上がって、横一列に並んで下さい」

 女子社員の指示で候補者20人はぞろぞろとステージへ上がった。

 ステージに横一列に並んだ候補者はみなフランス人形のような舞台メイクで、黒のレオタードに番号と氏名が記されたゼッケンを着けて、ちぐはぐでマヌケな格好だが表情は真剣そのものだ。


「あ、カミラとリズよ」

「3年ぶりぃ」

「子供が託児所に入れる年齢としになったらカンカンに復帰したいって言ってたものね」

 カンカンの踊り子がステージの候補者、上浦かみうらつばさと輪図りんずさくらを指した。

 カミラとリズは妊娠出産で一旦はカンカンを引退したが、また復帰を目指してオーディションを受けるのだ。

 当然ながらカンカンの踊り子はみな元カンカンのカミラとリズを応援している。

「わたし達だって引退してもまた復帰したいものね」

「ええ。カミラとリズはわたし達の希望の星よ」

 カンカンの踊り子の中には結婚を機に3月いっぱいで引退する5人がいる。

 将来に結婚、引退、出産、復帰という青写真を描いている踊り子にとってカミラとリズの挑戦は決して他人事ではないのだ。


「元カンカンのヒトまでオーディションを受けるなんて知らなかった」

「ブランクはあっても経験者だもの。強敵よね」

「強敵と言ったら、あの双子、すごい美人よ」

「双子って見た目でアピールするわよね」

 クララ、ミーナ、スーザン、チェルシーはとたんに不安になった。

 アニタ、バミー、バーバラはあの強敵の中を勝ち抜いて合格者の5人に選ばれるだろうか?


「では、これから課題曲のダンス審査を行います」

 候補者はあらかじめ課題曲のダンスの動画を渡されている。

 候補者20人全員が振り付けを完璧に覚えて、練習を繰り返し、今、このステージに立っていた。


(さあ、本番よぉっ)

 アニタは緊張で汗ばんだ手のひらをタイツの太股でぬぐった。

 目を閉じて精神統一。

 毎日、眺めていたカンカンの新しいドレスのデザイン画を思い浮かべる。

 あれはショウのステージで踊る自分の姿だ。


「音楽スタートっ」

 ゴードンの号令で賑々しく楽団の演奏が始まった。

 ~~♪

 曲はフレンチカンカン定番のオッフェンバックの『天国と地獄』だ。

 ステージに並んだ候補者20人が一斉に片足を高く振り上げた。
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