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第9弾 お熱いのがお好き?
Negligence(ズボラ)
しおりを挟む一方、
女子更衣室。
「今日のお弁当は人参ご飯、豆腐ハンバーグ、キノコともやしのナムル、くるみと小魚の佃煮、スープはミネストローネよ」
クララは今日もアニタに手作り弁当を渡した。
「くるみは抗酸化作用が高くて美肌効果があるし、ストレスにも効くのよ。自律神経を安定させて安眠効果があるんだって」
フレンチカンカンのオーディションを控えたアニタのためにダイエットと美肌と精神面の効果を考えたメニューだ。
「へえ、ストレスに効くのぉ?わたし、緊張しいだから助かるぅ。ありがとぉ」
アニタはお弁当の保温バッグをロッカーに仕舞って、
「あ、そうそう、カンカンのオーディションは12日の月曜の成人の日に終わるからぁ、ダブルデートはいつにするぅ?」
壁のカレンダーに振り返った。
「今月半ばからタウンがバレンタインシーズンに入るしぃ、あちこちハートのディスプレイになって、まさにデートの旬よねぇ」
アニタはコスメポーチから手鏡を出し、ウキウキと頬にチークカラーを叩く。
「ああ、ごめん。ついさっきアランとの交際解消しちゃったのよ」
クララはダブルデートの約束をコロッと忘れていた。
「え~っ?もうアランと別れちゃったってこと?ホントにぃ?」
アニタは目を丸くする。
「うん。だって、アランがあんまり馬鹿なんだもの」
クララは交際解消に至った経緯をかいつまんで説明した。
「なんだぁ。浮気でもないのに別れるようなことぉ?ダブルデート楽しみにしてたのよぉ」
アニタは口を尖らせる。
「だって、アランみたいな自分勝手なヒトにはうんざりなんだもの」
もうじきバレンタインシーズンだと気付いたら交際解消はバレンタインデーが終わってからにすれば良かったとクララもちょっと後悔したが今さら仕方ない。
「ん~、だけど、クララって『白昼の決闘』のルートみたいな男が好みのタイプじゃなかったっけぇ?強引で自分勝手でワイルドなイケメンがぁ」
「――え?」
そういえば、クララは以前から西部劇『白昼の決闘』のグレゴリー・ペック演じるルートが最強に格好良いと思っていた。
『白昼の決闘』のネタバレになるので内容は省くがルートは甚だしく道を外れた自分勝手な男だ。
「まさか、強引で自分勝手な男なんて好きじゃないわよ。あれはグレゴリー・ペックが格好良いだけよ」
クララは力強く否定した。
その時、
「――げふっ」
急にアニタがえずいた。
「――え?大丈夫?」
「う、うん。ほら、わたし、お餅、大好きでしょぉ?朝からお雑煮でお餅4つも食べちゃってぇ。ダイエットで小さくなってた胃がパンク気味みたいぃ」
実はお餅以外にも栗きんとん、伊達巻き、黒豆とおせちもひととおり食べてしまった。
「ええ?リバウンドしちゃったら困るじゃない」
「うん~。今日はお弁当を昼と晩に半分ずつ食べてカロリー調整するわぁ」
アニタはお正月気分でついつい気が緩んでしまったのだ。
「オーディションまでの我慢よ。オーディションまであと10日よ」
クララは壁のカレンダーの日付を指差す。
フレンチカンカンのオーディションではボディラインを誤魔化せないピタピタのレオタードで課題のダンスを踊るのだ。
ショウ担当のゴードンは目視でウエストサイズを見破るのだから油断してはならない。
「うんっ。頑張るっ」
バッ。
アニタは片足を鼻先まで振り上げてカンカンのハイキックで気合いを入れた。
「――あ、わたし、振り袖でタウンまで戻るのに時間が掛かるから早めに行かなきゃ」
着物では歩幅が狭くなるのでクララは慣れない草履でパタパタと小走りしていく。
そこへ、
クララと入れ違いにマダムが入ってきた。
(ああ、ルルちゃんのコロッケの味を思い出したら気持ち悪くなっちゃったわ)
マダムは廊下側の出入り口に近い洗面台で食後の歯磨きを始めた。
「ウゲェッ」
トイレの個室から嘔吐するような声が響く。
(やあねぇ。お正月だからって二日酔いかしらね)
マダムが歯ブラシを小刻みに動かしながらそんなことを思っていると、
鏡越しにトイレの個室から出てきたアニタの姿が見えた。
アニタは先ほどのハイキックで気合いを入れた弾みで胃の中身が逆流してしまったのだ。
「あら?アニタだったの。大丈夫?」
ミーナが奥の更衣室のカーテンから出てきた。
「うん。吐いちゃったらスッキリした」
アニタはイソジンでブクブクと口を漱いで、
「あれ?ハンカチ?」
ジャージのポケットを探った。
「ほら、貸してあげる」
ミーナがポシェットからタオルハンカチを出して手渡す。
「ありがとぉ。ミーナはいつもハンカチ3枚は持ってるのよねぇ」
「予備に持ってないと落ち着かないのよ」
「几帳面よねぇ。わたしなんてズボラだからぁ」
アニタは見るからにズボラなゴチャゴチャのコスメポーチの中身をせっせと仕舞う。
「おおらか過ぎなのよ。アニタは」
ミーナはチークカラーの粉だらけのアニタの手鏡をティッシュで拭いて渡してやる。
それから、アニタとミーナは長い洗面台の前を通って歯磨き中のマダムに気付いてペコリと挨拶して廊下へ出ていった。
マダムは丁寧に歯磨きを終えてブクブクとうがいして水を吐き出し、
(――あら?)
奥の洗面台の前に何か落ちているのに気付いた。
さっきアニタが使っていた洗面台だ。
コスメポーチの中身が落ちたのだろうと何の気なしに近付いてみると、
(――こ、これは)
妊娠検査薬のスティックではないか。
個包装のビニール袋に入っているが使用済みで妊娠を示す陽性のラインが出ている。
(じゃあ、アニタが吐いていたのは――)
(つわり――)
(アニタが妊娠――)
マダムは憤りにワナワナと震える手で妊娠検査薬のスティックを拾い上げた。
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