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第9弾 お熱いのがお好き?

A thoroughbred or a hybrid(サラブレッドかハイブリッドか)

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「あ~、いきなり爺さんがいるなんて焦った」

 アランはぐったりと脱力する。

「馬鹿やろ。焦ったのはこっちだ。――ん?」

 ロバートは爺さんに貰った名刺を見直した。

 名刺は和紙の毛筆で『荒刃波《あらばは》温泉 はゆま屋 駅馬 新之助』とある。

 名刺に肩書きはないが、はゆま屋の主人あるじだろう。

「はゆま屋?アランのおじいちゃん、何屋さん?“はゆま”って?」

 タイガーが名刺を覗き込む。

「ああ、“はゆま”ってのは昔の言葉で早馬のことだ」

 ロバートが『駅馬』と書いて『はゆま』と読むのだとタイガーに教える。

「はゆま屋?」

 クララはビックリした。

 はゆま屋といえば荒刃波温泉で江戸時代から続く創業300年以上の歴史を誇る指折りの老舗旅館だ。

「お前、はゆま屋の孫?」

 ロバートはしばしばと目を瞬く。

 アランのモデル系の外見と日本の古式ゆかしい旅館とのイメージがあまりにそぐわない。

「ええ、でも、俺、外孫そとまごだから跡継ぎでも何でもないし、旅館とは全然、関係ないっすから」

 アランはバタバタと手を振る。

「えっと、実は、母方の実家がはゆま屋で、父方の実家がホテルアラバハなんっす」

 べつに隠していた訳ではなく祖父の家業のことまでわざわざ言わなくていいと思っていたのだ。

「お前、荒刃波温泉のサラブレッドかっ」

 ロバートは大袈裟に声を上げる。

「いや、サラブレッドどころか俺はまったくのハイブリッド|(雑種)っすから」

 アランは自嘲的に否定した。


 実はアランの生い立ちには体面を重んじる田舎の旧家に有りがちな秘密があった。

(純血どころか俺にはどこの馬の骨とも分からない女たらしの男とふしだらな女の穢らわしい血が流れてるんだから)

 アランは血を分けた実の両親を呪っていた。

 そのためにアランは世間に公言して恥じない純潔な乙女と結婚して健全な家庭を築くことに執念を燃やしているのだ。

 とにかく出生のことは誰にも知られたくはない。

「いや、だって、俺なんかよりメラリーの奴こそサラブレッドっすよ。パパリンは東京の株式上場企業の代表取締役で、メラリーは初等科から名門私立大の附属校で、それに比べたらこんなド田舎の旅館やホテルなんか大したことないっすよ」

 アランがそう誤魔化していると、

 噂をすれば影というもので。

 ガラッ。

「こんばんは。予約した西平原にしひらはらで~す」

 ジョーとメラリーが鰻屋へ入ってきた。


(ジョッ、ジョーさんっ)

 クララは本日2度目のサプライズのジョーに目を輝かせる。

「え?お前等まで?」

 ロバートが呆れ顔する。

「メラリーが鰻が食いたいって言うからよ」

「えへへ」

 ジョーとメラリーは予約したテーブル席に着いた。

 アランとクララの隣のテーブルだ。

(もぉ、メラリー、メラリーって。ジョーさんはなんでもメラリーちゃんの言いなりなんだから)

 クララは知らないだけでジョーはメラリーの下僕げぼくである。


「だって、タイガーが『今晩は鰻屋に行くんだっ。Ψ(`∀´)Ψケケケ』なんて自慢たらしいメールを送ってきてさ~」

 メラリーは病院でタイガーからのメールを受けて、「俺も鰻、食べたいっ」とジョーに強力におねだりしたのだ。

「メラリーちゃんが毎晩、外食する店を教えろとか料理の画像を送れとか言ったんだろ~?」

 タイガーとメラリーはメル友だった。

「――ん?」

「あ、なんか似てるヒトがいると思ったらアランとクララさんだ」

 ジョーとメラリーは今頃、隣のテーブルの2人に気付いた。

「ああ、クララちゃん。病院にお母さん来てたぜ~」

「さっきまで一緒に坊主めくりしてたんだ」

 ジョーとメラリーがケロッと告げる。

「――え?お母さんと?」

(な、なに、娘のわたしを差し置いて?お母さんが早々はやばやとジョーさんと坊主めくりしちゃう訳?)

 クララは今日がジョーとは初対面の母親にまで先を越されたのかと茫然とした。


「俺、お正月特別メニューの初春の膳がいいな~。ジョーさんはこっちの若竹の膳にして~、デザート半分こしよ~」

 メラリーは自分はお正月特別メニューで一番高い初春の膳を選んで、ジョーには一番安い若竹の膳を勝手に決めた。

 初春の膳のデザートは初日の出をイメージしたマンゴーで、若竹の膳のデザートは若竹をイメージした抹茶プリンだった。

 メラリーはどっちのデザートも食べたいのだ。

「おう、それじゃ、その初春と若竹ね」

 ジョーは気前良く8000円の初春の膳と6000円の若竹の膳を店員に注文する。

(そんな高いメニューをっ?)

(もぉ、ジョーさんってばメラリーちゃんに甘過ぎなんだからっ)

(わたしだってジョーさんとデザート半分こしたいっ)

(そもそもメラリーちゃんがいつでもジョーさんの横のポジションにいるのが邪魔なのよっ)

 クララは隣のテーブルを横目で見ながらビックリしたり、プンプンしたり、ムシャクシャしたりと百面相が忙しい。

「あ、俺達、もう食べ終わったんで、そろそろ」

 アランは壁の時計をチラ見して席を立つと、

「クララちゃん、行こう。あとちょっとでバスが来るよ」

 送迎バスの時間を口実にクララを急き立てた。

「う、うん」

 クララはまだ鰻屋にいたかったが、

(鰻丼は平らげてうつわは空っぽだし、まだ座っている理由も思い付かないし)

 仕方なく諦めて席を立つ。


「ご馳走さま」

 鰻屋の暖簾を抜けてクララは未練がましく店内を振り返った。

 だが、タイガーが「バイバ~イ」と手を振って、祖母の加代が微笑んで目礼してくれただけだった。

 ジョーはメラリーと談笑していて、こちらには目もくれない。

(なによ。もぉ)

 クララは暖簾越しに恨めしげにジョーを睨んだ。
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