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第9弾 お熱いのがお好き?

Gloomy(鬱々)

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「――それじゃ、わたしはこれで。マーサさん、お大事にね」

 ゴードンは忙しいのですぐにタウンへ戻っていく。

「ああ、アラン達も帰っていいよ。これからホテルアラバハのラウンジでデートだもんね?」

 メラリーがキッチンから振り向いて余計なことを言う。

 キャスト食堂ではテーブルにうっ伏してベソベソしていたくせにアランの言ったことはしっかりと聞いていたのだ。

「――ラウンジでデート?」

 クララはそんなことは聞いていない。

「いや、あの――」

(メラリーの奴、俺がデートのついでにお見舞いに来たってバレちゃうじゃないか)

 アランが焦っていると、

 ~~♪

 クララのケータイの着信音が鳴った。

「――あ、メール。マーサさん、うちのお母さんも後でお見舞いに来るって。7時過ぎるみたい」

 クララは焦っているアランを無視してマーサに母親が来ることを伝えた。

「まあ、悪いねぇ。――あ、ちょいとちょいと」

 マーサはクララを手招きしてベッドの脇に呼ぶとコソッと耳打ちした。

「肌着、買ってきてって言ってくれるぅ?さすがに男のコにパンツの買い物まで頼むのは決まり悪いからさぁ」

 マーサはグンゼの綿100%の肌色のLLサイズのシャツとパンツ3枚ずつと指定する。

「うん。お母さんにメールするね」

 クララはポチポチと母親にメールを打った。


(――ど、どうしよう?)

 アランは助けを求めるようにジョーを見た。

「……」

 ジョーは応接セットのソファーに座って買ってきた洗面用具やプラスチックのコップの値札シールを綺麗に剥がすのに専念している。

(ジョーさぁん、俺をクララちゃんとホテルアラバハのラウンジに行かせて――っ)

 アランはシルクの蝶結びのスカーフをピラピラと摘まんでみせてジェスチャーでジョーに訴える。

 自分からはクララを誘いづらいのだ。

 ジョーは「んあ?」と面倒臭そうに片眉を上げたが、アランの要求は瞬時に察した。

 やれやれと仕方なさそうにソファーを立つとジョーはごくごく自然にクララの側へ近付く。

「あ~、クララちゃん?ほら、アランもせっかくスーツを借りてオシャレしてきたことだしよ、一緒にホテルアラバハのラウンジでお茶してやってくれよ。夜景の綺麗なラウンジでよ」

 ジョーからクララにお願いする。

「……」

 クララは瞬きも忘れたように目を見張ってジョーの顔を見つめた。

(ああ、こんな間近でジョーさんから親しげに話し掛けてくれるなんて夢みたい――)

(クララちゃんって名前まで覚えてくれてる)

(いつの間にか半径5メートルの距離は解除されたのね)

 しばし、クララはジョーと距離が縮まった感動に浸った。

 だが、

(なのに、何でわたし、アランの彼女なの?)

 やにわに現実の自分のポジションに気付く。

 元はといえば、クララはアランの彼女になったらジョーがアランに対抗意識を燃やしてクララを横取りしたくなるに違いないと計算したのだ。

 だが、ジョーはスケコマシとはいえ仲間の彼女に手出しするようなスケコマシではなかった。

 そもそもアランに彼女が出来たとたんにカンカンの踊り子のハニー達がまたジョーのところへ舞い戻ってきたのでアランへの敵対心も綺麗さっぱり消え失せていた。

 クララはとんだ計算違いをしたのだ。

(――でも、ここでイヤだなんて言ったら性格の悪いコだと思われちゃう)

 クララは素直にラウンジでお茶をすることにして、

「ええ。それじゃ」

 しぶしぶとアランと一緒に病室を後にした。


「ごめん。病院の帰りにサプライズでクララちゃんをラウンジに誘うつもりがメラリーの奴が先に言っちゃって」

 アランは取り敢えずメラリーのせいにする。

「ううん。ホテルアラバハのラウンジ、一度、行ってみたかったから楽しみだわ」

 クララは心にも無いことを言った。

 たしかに前々からホテルアラバハのラウンジには憧れていた。

 数年前に流行った恋愛ドラマのロケに使われていて録画して何度も観た素敵なラウンジなのだ。

 だが、

(坊主めくりがしたかった)

(夜景の綺麗なロマンチックなラウンジでアランとお茶するよりもジョーさんと坊主めくりがしたかった)

(坊主めくりが――)

 クララは心の中でやるせなく繰り返した。
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