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第9弾 お熱いのがお好き?

a bum rap(無実の罪)

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 そこへ、

「――あっ、こんなところにいた。アニタ、何してるの?早くランドリーへ行ってっ」

 コスチューム管理のスタッフがやってきてアニタを急き立てた。

「あっ、いっけない」

 アニタはもうショウのコスチュームの準備をしなくてはならない時間だったのだ。

「クララ、わたし、仕事に戻るねっ」

 アニタは焦り顔でランドリーへ走っていく。

「あっ、わたしものんびりしてたら昼ご飯の時間なくなっちゃう」

 クララも時計を見てから振り袖を摘まんでキャスト食堂に小走りしていった。

 一方、

「アランっ?」
「大丈夫かっ?」

 ヘンリーとハワードはカエル跳びのようにアランの傍らに屈み込んだ。

 素早くアランのウィッグを元の位置に直す。

「あ、ああ、焦った」

 アランは上体を起こしてホッと胸を撫で下ろす。

 背後にいたケントにウィッグのズレたハゲ頭を見られたことは気付いていない。

 みなドミノ倒しのキャストに気を取られてケント以外にアランのハゲ頭を見た者はいなかったようだ。

(――?)

 ケントは今さっき自分が見たものが何やら理解が出来ないように何度も目を瞬いていた。

(何でアランが丸坊主なんかに?)

(罰ゲームとかで?)

 ケントはまさかアランが若ハゲだとは想像もしていなかった。

 その時、

「――ぐうううっ」

 マーサの苦しげな唸り声が聞こえた。

「あっ、マーサさん?大丈夫っすかっ?」

 ケントはただならぬ様子にもうアランの丸坊主の疑問はそっちのけでマーサに向き直った。

「う、ううぅ」

 マーサは横たわったまま梅干しを食べたような顔をして左腕を押さえている。

 転倒した時に左腕を床に打ち付けたようだ。

「――す、すぐに医務室へ」

 広報部の男性社員2人が両側からマーサを抱えて起こそうとしたが、

「痛いっ、痛いいっ」 

 マーサは上体を動かしただけで悲鳴を上げた。

「たぶんバッキリ骨折してるな。救急車のほうがいいだろ」

 ジョーがマーサの痛がり具合でそう判断した。

 ほどなくして、サイレンを鳴らさずに速やかに救急車が到着して、マーサは担架で駅前の荒刃波あらばは病院へ運ばれていった。


 その日のショウとパレードの後。

「――で、ホントにマーサさんは左腕をバッキリ骨折していてね。レントゲンを見たら骨が割れ竹みたいにバラバラに裂けて折れて、周囲の肉を突き刺していて、それで手術して、全治1ヶ月でしばらく入院らしいわ」

 病院から戻ったゴードンは怪談話でもするようにおどろおどろしく説明した。

「バラバラの骨を束ねる手術をするほどの骨折だったのか」

「折れた骨が肉を突き刺すなんて痛かったでしょうね」

 ジョーと太田は痛々しげに眉をひそめる。

「――全治1ヶ月っっ」

 メラリーは「オーマイガッ」という勢いで両手で頭を抱え、天井を仰いだ。

 キャスト食堂の配膳係のマーサはいつもメラリーだけ特別扱いしてオカズをオマケしてくれるが、そのオマケっぷりはカレー1人前に平均5個の肉をメラリーには10個というあからさまなオマケだった。

「わぁぁああっ、マーサさぁんっ」

 メラリーはテーブルにうっ伏して泣き声を上げる。

「どうせ1ヶ月もオカズのオマケを貰えないんで嘆いてるだけだろ?」

「だな」

 トムとフレディの言うようにキャストの誰もがメラリーはオカズのために泣いているのだと思った。

「ど、どうしよう。俺のせいでそんな大怪我を――」

 アランはオロオロして助けを求めるようにヘンリーとハワードを見やった。

「お前のせいじゃないだろ」「マーサさんが勝手に背中によじ登ってきたんだから」と2人が自分を弁護してくれるものと期待したのだ。

 だが、ヘンリーもハワードもそこのところからは見ていなかった。

 アランの絶叫を聞いて2人が振り返った時にはマーサはアランの頭を鷲掴みにしていて、アランがのけ反ってマーサもろとも転倒したのだ。

「……」
「……」

 2人はアランのハゲの秘密がみなにバレないか懸念にしてマーサがアランの頭を鷲掴みにしたせいだとは言いよどんでいた。

 185cmもある若者が150cm程度のオバサンに頭を掴まれたくらいで振り落とすのは、いくらなんでも過剰防衛と思われるだろう。

(――あ、あれ?2人ともマーサさんが悪いせいだって言ってくれない?)

(し、しまった。自分で『俺のせいで』って言っちゃった。俺のせいじゃないのにっ)

 アランは内心でジタバタと焦る。

「困ったわねぇ。よりによってマーサさんに大怪我をさせてしまうなんて」

 ゴードンは渋面で吐息した。

「よりによってって~?」

「そりゃあマーサさんのお宅はタウンの裏で一番のご近所さんだけど」

 タマラとマダムは顔を見合わせる。

「ただのご近所さんじゃないのよ。このウェスタン・タウンの正面エントランスからメインストリートまで3分の1はマーサさんの土地。つまり、地主さんなのよ――っ」

 ゴードンはだしぬけに配膳係のマーサの正体を暴露した。
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