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第9弾 お熱いのがお好き?

Happy New Year(ハッピーニューイヤー)

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 あっという間に年が明けて元日。

 元日もウェスタン・タウンは正月休みの温泉客のゲストで賑わっている。

「ハッピーニューイヤー」

「ウェスタン・タウンへようこそ~」

 西部開拓時代を模したアメリカンなタウンではあるが、やはり、ここは日本の温泉地。

 お正月くらいは松の内までキャラクタートリオもエントランスの受付も男女問わず和服姿でゲストを出迎えるのだ。

 テン、テレテレレレ~♪

 楽団の演奏も日本のお正月といえばこの曲に決まっているお馴染みの『春の海』だ。


「いらっしゃいませ~」

 クララは白地に紅梅の柄の振り袖を着てスウィーツ・ワゴンで三色団子を売っていた。

 パッケージがお正月限定のキャラクタートリオの絵柄の風呂敷包みで大人気だ。

 パシャ、
 パシャ、

 外国人ゲストがひっきりなしに振り袖のクララを撮影していく。

 キャストはウェスタン・タウンというステージを演出する演者であるので仕事中は写真撮影オッケーである。

 しかし、アジア系でも欧米でも外国人ゲストはこちらに断りもなく無遠慮に撮っていく輩が多い。

 日本人ゲストはみな「すみませ~ん」「いいですか~?」とかキャストに一声掛けてから撮るというのに。

(まったく、マナーがなってないんだから)

 クララは内心でプリプリしながらも油断なく常にカメラを意識して営業スマイルを絶やさない。

 おかげで午前中の販売分の三色団子が瞬く間に完売した。

(うふふ、まだ11時♪)

 早めの昼休憩にするとクララは笑顔をキープしたままバックステージへと戻った。


(さてと、この振り袖姿をジョーさんに見せなくっちゃっ)

 クララは女子更衣室の鏡の前で髪を整えて摘み細工の梅花の髪飾りを直す。

 身長158cmでバストもヒップも平べったい日本人体型のクララはよく似合う振り袖でならグラマー美女に太刀打ち出来ると思った。

「~~♪」

 鼻歌混じりに珊瑚色のリップカラーを塗り塗りしていると、

「――あ、クララ~」

 アニタが更衣室にやってきた。


「はい、お弁当」

 クララはロッカーから保温バッグを取り出してアニタに手渡す。

「今日は金胡麻と鮭のご飯。大豆のミートボール。ブロッコリーとトマトとチーズのサラダ。かぼちゃの豆乳ポタージュよ」

 美肌のためを考えたメニューだ。

「いつもありがとっ」

 アニタはこの3日間、クララのダイエット弁当を食べているおかげで元どおりスッキリとお腹がへこんできた。

 元々、一時的な暴飲暴食で肥えただけなのでまだ脂肪として定着する前だったのだ。

 頬っぺたのブツブツの吹き出物も綺麗に消えている。


「ああ、振り袖、可愛いなぁ。わたし、今年は裏方スタッフだからお正月でもジャージだもん」

 アニタはTシャツにジャージ上下の姿を更衣室の鏡に映して、「ダサいわぁ」と溜め息する。

「カンカンはショウのお正月バージョンで振り袖からドレスに早変わりするんだってね。アニタも来年は着られるじゃない」

 クララはそう言ってアニタを励ますというよりはカンカンの踊り子のオーディションに必ず受かるものと信じている。


 2人が長い廊下を進んで角を曲がると、ロビーには大勢のキャストが何かを待ち構えるように集まっていた。

 老若男女50人はいるだろうか。

「――あ、ケント。何なの?」

 アニタはその中に彼氏のケントを見つけて走り寄る。

「ああ、みんな、いなご新聞の到着を待ってるんだ」

 ケントは気合いを込めた表情で答える。

「あっ、いなご新聞っ?」

「新年特大号が出るのねっ?」

 アニタとクララは「待ってました」と歓声を上げる。

 去年のクリスマス会でアニタはケントと、クララはアランとカップルで撮った写真がいなご新聞に載っているのだ。

 12月はバックステージのイベント盛りだくさんだったのでキャストは自分の写真が載ったいなご新聞を1人で5部くらい取っていくのは当たり前で、

 オフィスの広報部の社員がロビーにいなご新聞を置いたとたん待ち構えていたキャスト等は一斉にラックに突進し、早い者勝ちの争奪戦が始まるのだ。

 いなご新聞の部数は1000部でタウンのキャストは3000人以上もいる。

「え~?じゃ、取り損なったら手に入らないのね?」

 クララは振り袖に草履なので明らかにハンデがある。

「大丈夫っ。任せてっ」

「クララの分まで取ってやるからっ」

 マッチョの男性ダンサー、マークとハリーは動きやすいレオタード姿で今からスタートダッシュの体勢だ。

 彼等はダンス大会で2位と3位だったのでいなご新聞に載っているのだ。

「クララちゃんの分は俺が取ってくるからっ」

 いきなり背後からの声にクララが振り向くと、騎兵隊のコスチューム姿のアランが立っていた。

 アランは気に食わないマッチョの男性ダンサーに負けじとメラメラと闘志を燃やしている。

「うん。お願いねっ」

 クララはせっかくの振り袖が争奪戦で着崩れしたらイヤなので有り難くアランに頼んだ。

 こういう時だけはちゃっかり便利にアランを彼氏扱いする腹黒いクララだ。

 勿論、もしアランが争奪戦に負けて取れなくても男性ダンサーが取ってきたら遠慮なくそっちから貰うつもりだ。
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