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第8弾 降っても晴れても
incurable illness(不治の病)
しおりを挟むそこへ、
ルルがインディアン娘のコスチューム姿でロビーへ入ってきた。
今日は遅番で夜10時までインディアン・ジュエリーの店の売り子をしていたのだ。
「あっ、メラリーちゃん」
予想外な時間帯にキャスト食堂にメラリーがいるのでルルはハッとして足を止めた。
「うひゃひゃ」
メラリーはタマラ、カール、ジョー、太田と談笑している。
自分に美味しいものをご馳走してくれるヒトには愛想の良いメラリーだ。
「……」
ルルはキャスト食堂を端から端まで見渡して兄のレッドストンと先住民キャストがいないことを確認した。
レッドストンはタウンで『アパッチ砦』という酒場をやっているので今は店にいるはずだが念には念を入れたのだ。
そして、
「あ、あの、メラリーちゃん?話があるの」
今しかチャンスがないという切迫した表情でメラリーに声を掛けた。
「――ルルちゃん」
メラリーは断る理由も思い付かなかったので仕方なく椅子から立ち上がる。
キャスト食堂を出たメラリーとルルはロビーの窓際のテーブル席に向かい合って座った。
「……」
ロビーのソファーではクララとミーナが素知らぬ顔でアイスクリームを食べながら耳をダンボにしている。
「――話って何?」
メラリーは素っ気なくルルに訊ねた。
「何って、女のコが呼び出して話ときたら告白しかないでしょ?メラリーちゃんってば鈍い」
そうコソッと囁いたのはミーナである。
「ううん。メラリーちゃんの場合は鈍いんじゃなく、わざとすっとぼけて冷淡にしてるの」
クララはミーナに額を寄せてコソッと囁く。
「ごめんね。今までうるさく付きまとって。不味いお弁当、押し付けて、ごめんなさい」
ルルはしおらしく謝ってペコリと頭を下げた。
「……」
メラリーは意外なルルの態度に拍子抜けする。
「ルル、お料理下手って自覚くらいあったけど。でも、お兄ちゃんが『ルルのことを好きな奴なら、どんなに不味くても美味しいって食べるはずだ』って言うから」
「……」
クララとミーナはうんうんと頷く。
「でも、美味しいって言ってくれたのバッキーさんだけだった。メラリーちゃん、一度も食べてくれなかったんでしょ?」
ルルは鼻声に涙目で今にも泣き出しそうだ。
「バ、バッキーは俺と全然、違って、優しいし、誠実だし、頭も良いし、男らしいし、すっごく良い奴だよ」
メラリーは焦って太田の押し売りをする。
「……」
クララとミーナは顔をしかめた。
「分かってるよ。バッキーさんが良いヒトなの知ってる。メラリーちゃんが根性悪いのも知ってるよ。――でも、ルルはメラリーちゃんがいいの」
ルルの目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「バ、バッキーならルルちゃんを泣かすような無神経なこと言わないし」
メラリーは動揺する。
「無神経でもいいの。メラリーちゃんがいいのっ。ひ、ひっく」
ルルはしゃくり上げて泣き出した。
「……」
メラリーは困惑顔で口をパクパクさせている。
「――ふ――ぅ」
クララの膝にポタッと涙が落ちた。
「なに?何で泣いてるの?」
ミーナはキョトンとする。
「だって、あんなふうに素直に言えるの羨ましいんだもん」
クララにはルルのような真似はとても出来やしない。
「――あ、やだ。ただ謝りたかっただけだから」
ルルは涙を手の甲で拭うと椅子を立ってロビーを走り去っていった。
「……」
結局、メラリーは泣いているルルに渡すハンカチすら持ち合わせてなかったし、何を言っていいかも分からなかった。
そもそも、今の状況がよく分からなかった。
「付き合って下さい」と言われたなら「ごめんなさい」と断ることも出来たのだが、「メラリーちゃんがいいの」と言われても返事のしようがないではないか。
メラリーがポカンとしたままでロビーの窓際に座っていると、
「あ~あ、彼女が出来たらもう友情もおしまいだな。バッキー、俺達は永遠に独り者同士、仲良くやろうぜ~」
「はいい。ジョーさんっ」
ロビーにやってきたジョーと太田はこれ見よがしに肩をガッシと抱き合う。
「そんな、俺だけ仲間外れにしなくてもいいじゃん。べつにルルちゃんとは何もないし」
メラリーはブスッとする。
「ふ~ん、どうせお前は俺よりルルちゃんが大事だろ~?いーけどよ~」
ジョーはそう言いながらもメラリーがルルにつれなかったのでウキウキだ。
「そんなことないよ。ルルちゃん――よりは――まだジョーさんのほうが大事だよ」
繰り返すがメラリーは自分に美味しいものをご馳走してくれるヒトには愛想が良いのだ。
「――えっ?今、なんて言った?」
ジョーは喜色満面で手を当てた耳を突き出す。
「もう言わないよ」
メラリーはそっぽを向く。
「バッキー?メラリー、今、なんて言った?」
「『もう言わないよ』って」
「てめっ。そこじゃねえだろっ」
たちまちジョーは太田と組んず解れつ、相撲を取り始めた。
「……」
クララは眉間に皺を寄せてアイスクリームを舐め舐め、相撲に興じるジョーを眺めていた。
『俺達は永遠に独り者同士』というジョーの言葉が頭の中にこだまする。
ジョーは彼女なんて欲しいと思ったこともないのだろう。
果たして自分はジョーの彼女になれるのだろうか?
うっかりすると恋の病は永遠に治らずに病んだままお婆さんになってしまうかも知れない。
(――で、でも、諦めないもんっ)
クララは決意も新たにグッと拳を握り締めた。
第9弾に続く
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