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第8弾 降っても晴れても

Victory or defeat(勝ち負け)

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「あぁ~、骨の髄まで冷えた~。もう風邪ひいた気がする~。身体、ダルい~。頭、重たい~」

 メラリーはどんよりした顔で長い廊下をヨロヨロと歩いていた。

「大丈夫かよ?」

「今日は曇りで日差しもなく冷えますからね」

 ジョーと太田は心配そうにメラリーを両側から支える。

「あ、この時間で気温0℃ですよ」

 太田が廊下の窓から見える屋外のデジタル時計を指差した。

 バックステージのバス停留場にあるデジタル時計には年月日、時間、気温が表示されている。

『2008年12月29日(月)15時55分 気温 0℃』だ。

「マジ~?――あっ、今日、29日っ」

 メラリーもデジタル時計に目をやってからハッとした。

 毎月29日は『肉の日』でキャスト食堂の午後のスペシャルメニューが肉なのだ。

「わぁいっ♪今月は何だろ~?」

 メラリーはたちまち長い廊下を突っ走って、キャスト食堂の出入り口の掲示板を見る。

『本日のスペシャルメニュー ステーキ丼』の貼り紙が。

「やったあ♪ステーキ丼だあっ」

 今年最後の肉の日だけにゴージャスだ。

「ステーキ、ステーキ♪」

 メラリーはスキップ加減で通路を進み、トレイを取って配膳台に並ぶ。

「食欲あるなら大丈夫だな」

「ええ。元気いっぱいみたいですね」

 ジョーと太田は心配して損したという顔でトレイを取って配膳台に並んだ。


 その頃、

(あ~、寒かったからお腹減ったぁ)

 オヤツ休憩のクララは長い廊下をキャスト食堂へ急いでいた。

「クララ、一緒に行こっ」

 ミーナが廊下を通るクララを待ち構えていたらしく託児所から出てくる。

「ミーナとオヤツ休憩なんて久々ね~」

 子持ちのミーナとはなかなか友達同士でのんびりする時間が取れないのだ。


「昨日からカレンはお祖母ちゃんちにお泊まりなのよ。従姉いとこ2人が子連れで遊びに来ていて賑やかだし、カレンも大喜びで助かっちゃう」

「じゃ、仕事の後ものんびり出来るわね?」

「うん。久々に美容院に行こうと思って」

「え、美容院?わたしも行くっ」

「その前にちょっとタウンで買い物しない?冬物セールだし」

「なに買うの~?」

 クララはミーナとミルクティーとアップルパイのオヤツで年頃の女のコらしくオシャレの話題で盛り上がる。

 ガンマンキャストのテーブルではみなステーキ丼をガツガツとむさぼっていて「美味し~」「うめ~」以外の声は聞こえてこないので、クララは聞き耳を立てることもなくミーナとのおしゃべりに熱中した。

 そこへ、

「あの、ジョーさん?」

「もうお食事、お済みですか?」

「ちょっとおしゃべりしていいですかぁ?」

 タウンの女のコ3人がおずおずとジョーに声を掛けてきた。

 水色のエプロンドレス姿でキャラクターショップの売り子のようだ。

「あ、ああ。じゃ、そっちのテーブルに行くから」

 ジョーはスケコマシ笑いして食後のコーヒーだけ持って気軽に女のコ達のテーブルへ移った。


「な、なに?あのコ達?見掛けないコ達だけど?」

 クララは何事が起こったのかというように動揺した。

「ああ、冬休みの短期のバイトのコ達でしょ?女子大生じゃない?」

 ミーナもクララも女子大生の頃は冬休み、春休み、夏休みとタウンで短期のバイトをしていたので何事でもない。

 タウンのバイトは18歳以上で高校生不可なのだ。


「わたし達、こちょじょの英文科1年ですぅ」

「ずっとタウンでバイトしたかったんですぅ」

「憧れのジョーさんとバックステージで休憩なんて夢みたいぃ」

 女のコ3人のキャピキャピと弾んだ声が聞こえてくる。

 着慣れないコスチュームのドレス姿も初々しくウキウキと華やいだ雰囲気が漂ってくる。

『こちょじょ』というのは胡蝶蘭女子大学の略称で、3人はクララやミーナの後輩だったのだ。


「女子大の1年」

 クララは今年3月に女子大を卒業したばかりだが、もう現役女子大生に若さで負けた気がした。

 それにしてもクララがいまだに成し遂げられないことをあの3人はバイトを始めたばかりでいとも容易たやすく実現している。

『ちょっとおしゃべりしていいですかぁ?』と声を掛けるだけで良かったのだ。

 たったそれだけのことがクララには出来なかったのだ。

(ふんだ。あのコ達はまだジョーさんがスケコマシだって知らないんだから)

(スケコマシのエロ男だって知ったら幻滅して嫌いになっちゃうに決まってるわ)

 クララはそうなって欲しいと願うばかりだ。

 しかし、クララはコロッと忘れていたがジョーは未成年は選択肢にないので女のコ達3人にスケコマシを仕掛けることはない。

 女のコ達が1年と聞いたとたんにジョーのスケコマシ笑いは引っ込んでいたのだが、クララからはジョーの顔は見えなかった。

「クララってば、ジェラシー丸出しの顔してるわよ?」

 ミーナがクララの膨れっ面を見て笑う。

「あっ?いけない」

 クララはハッとして騎兵隊キャストのテーブルを見た。

 アランと目が合う。

 やはり、アランはクララを見ていた。

「……」

 アランはクララにニッコリしたがクララはムッとした。

「ああ、またアランに見られてた。アラン、絶対にわたしのジョーさんへの気持ち知ってるくせに知らん振りしてるのよ?」

 クララはミーナにヒソヒソと告げる。

「あら?クララがジョーさんを好きなことくらいマダムもメラリーちゃんも気付いてるわよ?アランだってクララのこと見てたらすぐに気付くわよ」

 ミーナもヒソヒソと答えた。

「――え?そうなの?」

 クララはそんなにもバレバレだったかと渋い顔をする。


「あ~あ、モテモテはジョーさんばっかし」

 メラリーはつまらなそうに食後のコーヒーを啜った。

「やっぱりジョーさんはショウの主役のガンマンでタウンの看板スタァですから」

 太田が当たり前のことを言って慰める。

「メラリーちゃんは女のコより可愛いから近寄りがたいんだよ」

「スッピン勝負なら負けてるって、自分より可愛い男のコの横に並びたくないってみんな言ってるもん」

 バミーとバーバラはまだステーキ丼を大事にゆっくりモグモグしながら言う。

「ええ~?」

 メラリーはそんなことでタウンの女のコにモテないなんてあんまりだと思った。

「タウンの女のコはルックスに自信があるコが多いから余計に勝ち負けにこだわるんだろうね」

「それにルルちゃんほど飛び抜けて可愛いコがメラリーちゃんにアプローチしてるの知ってるから勝ち目ないと思ってるんじゃないかな?」

 バミーとバーバラはそう考察する。

「なるほど。女のコの意見を聞くと参考になりますね」

 太田は大真面目に頷く。

「ふぅん」

 メラリーは恨めしげな顔をした。

 呪いの弁当のルルといい、凶暴なドスコイ体型のギャルといい、迷惑な女のコにばかりモテるのは女難の相が出ているのだろうかと不安になった。
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