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第8弾 降っても晴れても

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 気付くと誰からともなくロビーのソファーに座って本腰を入れておしゃべりしていた。

「はあぁ、みんなフツーじゃない努力を当たり前のようにしてるのよねぇ」

 アニタは自分のぽっこり腹に視線を落として嘆息する。

 茹で卵15個に精神的パンチを食らったようだ。

「あっ、わたし、アニタにダイエット弁当を作ってきたのよ。ほらっ」

 クララはこれを忘れちゃいけないと大きな紙袋から保温バッグを取り出した。

「えっ?わあ、ランチジャー?熱々だわぁ」

 アニタは嬉々としてランチジャーを開けて見る。

「ひじきご飯。蒸し鶏。コンニャクのピリ辛炒め。キノコのソテー。根菜の煮物。これだけ食べても400カロリーよ」

「すごぉい。こんなにボリュームあるのに400カロリー?」

「んふふ、これでも栄養士の資格、持ってるんだから任してよ」

 クララは得意げに胸を叩いた。

 女子大の食物栄養学科を卒業したら栄養士の資格は自動的に貰えるのだ。

「へええ、素敵ぃ」

「俺等とも友達になって?」

 マークとハリーがクララにすり寄る。

「え、ええ」

 クララはタウンで男女問わず友達を増やしたいと思っていたばかりなので勿論、快諾した。

「じゃ、これからクララって呼ぶから」

「俺等のこともマーク、ハリーって呼んで」

 マークとハリーはそうと決まればアニタにあげた弁当をつまみ食いした。

「蒸し鶏、うっまぁい」

「コンニャクのピリ辛、サイコー」

 やはり、本音では茹で卵15個には飽き飽きしているようだ。


「あ、わたし、コスチュームの準備があるから行かなきゃ。クララ、ありがとねっ」

 アニタはマークとハリーのつまみ食いを制してランチジャーを保温バッグに仕舞うとソファーを立った。

 コスチューム管理のアニタはショウのキャストが早めの昼食をしている間にコスチュームを揃えておいて、自分が昼休憩を取るのはショウの開演中なのだ。

「じゃ、俺等、あっちで茹で卵、食べるから」

 マークとハリーはいつもキャスト食堂ではなく別の場所で茹で卵を食べているらしい。

「じゃ、クララ」

「またね。クララ」

 マークとハリーが笑顔で手を振って去っていく。


 そこへ、

「――あっ?アイツ等、クララちゃんに馴れ馴れしくっ。俺だって呼び捨てにしたことないのにっ」

 アランがちょうどロビーへ入ってきて目を三角に吊り上げた。

「アラン、お前、自分で言ってたとおりホンットに独占欲が強いんだな」

「ただの友達だろ?クララちゃん、メラリーとだって仲良しみたいじゃん」

 ヘンリーとハワードがいきり立つアランをいなす。

「メラリーはいいんっすよ。だけど、あんなムチムチのモッコリのマッチョが友達なんてクララちゃんの清純なイメージがそこなわれるじゃないっすか」

 アランは思いっ切り顔をしかめる。

「お前、彼女にはそんなみっともないこと言うなよ」

「嫉妬深い男は嫌われるぜ」

 ヘンリーとハワードはアランの腕を掴んでキャスト食堂へ引っ張っていく。


(――ん?)

 クララは視線を感じて振り返った。

(あ、ルルちゃん)

 ロビーの観葉植物の陰に隠れて恐ろしい目でクララを睨み付けているのはルルだった。

(そういえば、わたし、ルルちゃんに呪われてるんだっけ?)

 クララは気にせずにソファーを立ってキャスト食堂の出入り口へ足を進めた。

 ジョー達が早めの昼食に来る前にいつものテーブルに着いてないとならない。

「今度は手作りのお弁当ですか?ますます当て付けがましく、わたしに嫌がらせみたいに」

 ルルが卑屈っぽく言ってきた。

 やはり、普段の可愛い舌足らずな口調はどこへやら陰険な声色である。

「……」

 クララは立ち止まって黙ったままルルの顔を見つめた。

 ルルは憎々しげな目付きで口元を意地悪く歪めて、せっかくの美少女が台無しだ。

 兄のレッドストンがこんなルルを見たらさぞかし嘆き悲しむことだろう。

 クララでさえ無邪気そうで可愛らしかったルルがこんなに変わるのかと残念な気持ちになった。

「それ、あわれみの表情?」

 ルルは気に障ったようにムッとしてクララの顔を指差した。

(あ、ルルちゃん、自分が憐れって自覚してるんだ?)

 クララは面と向かって指差されても無表情で対抗した。

「……」

 しばし、睨み合いが続く。

「――ずっと呪ってるのにっ。呪いが効かないのはあなたの神経が図太くて厚かましいからよっ」

 ルルはそう吐き捨てロビーを駆け出ていった。

(――ふぅ、勝った)

 クララは睨み合いの緊張が解けてぐったりと息を吐いた。

 恋のライバルでも何でもないのに何で睨み合うのがクララにも分からないが、ルルが言い掛かりを付けてくるのだから仕方ない。
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