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第6弾 日は沈み 日は昇る

This is an apple(これはリンゴです)

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「はぁはぁ」

 クララが長い廊下を走って多目的ホールに辿り着くと、

「あ~、クララ?今、来たのぉ?」

 遅れてきたアニタもちょうど廊下の反対側から走ってきたところだ。

 多目的ホールへ入ると、舞台前には折り畳み椅子の座席があるがチビッコの祖父母らしき年代の観客で埋め尽くされている。

(あ~あ、ミーナのお遊戯、見たかったのに間に合わなかった)

 クララはガッカリと肩を落とす。

「あ、あっちで見よぉ」

 アニタが指差すのは楽団のケントの姿がよく見える立ち見の右側前方だった。

「う、うん~」

 クララは立ち見の壁側にジョーの姿を探す。

 ジョーは188cm、ロバートは189cmで人混みでも頭が突き抜けているのですぐに見つかった。

 ガンマンキャストは舞台のウルフの立ち位置の前に集まっているのだが、好都合なことにケントの近くの立ち見の右側前方だ。

「ちょっと、すみません~」

 クララとアニタは壁側の立ち見客の背後をカニ歩きで前方へ進んでいく。

「あら、アニタ。ほら、こっち入ったら?」

 マダムは2人に気付くと素早く気を利かせてアニタに楽団の手前の場所を空けた。

 アニタはずっとカンカンのダンスレッスンを受けているのでマダムとは親しいのだ。

 クララは前へは進まずにジョーの姿が見える斜め後ろ側に立つ。

 マダムは気が利くのでクララには手前の場所を勧めたりはしなかった。


 舞台ではチビッコのゲーム大会が始まっていた。

「さあっ、次のこれは、何の果物でしょうっ?」

 太ったオッサン司会者がバッキーの持っているバナナを指す。

「バナナーッ」

 ウルフは他のチビッコに負けじと真っ先に大きな声で答えた。


「ねえ?バナナを見せて何の果物でしょう?って、これが果物当てゲームなの?」

 メラリーはつまらなそうな顔をする。

「6歳以下のチビッコのレベルなんだからこんなもんだろ?」

 ジョーはメラリーの退屈しのぎに大きなペロペロキャンディーを差し出す。

「やたっ♪チョコストロベリーバニラ味~」

 これでメラリーは当分はおとなしく黙って見ているだろう。


(いいなぁ)

 クララは物欲しげにメラリーを見やる。

 タウンのキャンディー・ワゴンで売っている人気の80セントもする3色キャンディーだ。

 べつにペロペロキャンディーが舐めたい訳ではない。

 いつだってクララはジョーにベタベタと構われているメラリーのポジションが羨ましいのだ。


「さあっ、次のこれは、何の果物でしょうっ?」

 太ったオッサン司会者がバミーの持っているリンゴを指す。

「――?」

 ウルフはキョトンとしている。

 他のチビッコは元気に「リンゴーッ」と答えた。


「あら?ウルフ、リンゴ大好きなのに?」

 マダムが不可解そうな顔をする。

「あ、そーいや、ウルフが来てから家でリンゴ食べたことないよ。父ちゃん」

 タイガーが背後のロバートを見上げた。

「む~ん」

 ロバートは顎に手を当てて難しい顔をする。

「わたし、お昼のお弁当に毎日、フルーツは入れていたけど」

 マダムは思案げな顔になった。  

 毎日毎日、マダムはせっせとウルフのためにお弁当をこしらえて、食後のフルーツも欠かさず入れていた。

 だが、いつもリンゴはウサギさんの形に切っていた。

 おそらくウルフは丸ごとの赤いリンゴを見ても、リンゴだと分からなかったのだ。

 ウルフの食生活は朝はパン、昼はマダムのお弁当、晩はタウンのキャスト食堂のメニューである。

「う~ん、今までマリーの好意に甘えっぱなしで、家で料理をしなかった俺のミスだ」

 ロバートは反省の面持ちになる。

「そうだよ。オレの時は父ちゃんがお弁当作ってくれたのにさ。ウルフにはよそのヒトが作ったお弁当なんて可哀想だよっ」
 
 タイガーがズケズケと言う。


(な、なんて子供って大人が傷付くようなことを平気で言うのかしら)

 クララはあまりにマダムが可哀想だと胸が痛くなる。

「……」

 マダムは大人なので何でもない顔をして舞台を眺めているが、グサリと刺さったに決まっている。

 その時、

「イテッ」

 タイガーが叫んで後ろを振り返った。

「誰か蹴ったなっ」

 誰に蹴られたか分からないらしいがタイガーの後ろ側に立っているのはロバート、ジョー、メラリー、マダムだ。

「ちゃんと前を向いてろ」

 ロバートが嗜めてタイガーの頭を掴んで前に向かせる。

(誰がタイガーくんを蹴ったんだろ?)

 クララはちょっとスッキリした。

「なんだか子持ちのバツイチのヒト達って問題多そうだよね。俺達はマトモに健全で幸せな家庭を築こうね?クララちゃん」

 アランが大真面目な口調で言った。

(アラン?いつの間にっ?)

 クララはビックリと振り返った。

「……」

 アランがニッコリとクララに頷く。

 鼻の穴にティッシュを詰めてはいるがイケメン光線は遜色なく放たれている。

 果物当てゲームでバナナが出た頃にはアランはとっくにクララの背後に立っていたのだ。

(――今、『幸せな家庭を築こうね?クララちゃん』とか何とか言わなかった?わたしの聞き違い?)

 クララは怪訝に首を傾げる。

 まさか、まだ21歳でものすごいハンサムで女のコにモテモテのアランがそんなに結婚願望が強いなどとは思ってもみない。

 ジョーを含むショウのキャストとスーパーバイザーのゴードンまでが知っていることだが、まだ、当のクララはアランが自分と結婚前提で付き合うつもりだとは聞いてもいないのだ。
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