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第3弾 虹の向こうへ

Rehearsal(リハーサル)

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 避暑地の夏はいつの間にやら過ぎ去り、

 季節は秋になった。


 今日は年2回あるウェスタン・ショウの休演日。

 タウンのショッピング・モールは通常どおりに営業しているがショウとパレードは休演である。

 ショウのキャストは年2回しか休みがないのかと思いきや、雨天中止が多いので休みはしょっちゅうある。

 そして、休演日はショウのキャストにとって、まったく休みではなかった。

 今日は冬休みにリニューアルするショウのリハーサルなのだ。


「……」

 ジョーとメラリーが見つめ合ってステージに立つ。

『ジョー。もう貴方のことで頭がいっぱい』

『俺もさ。ハニー』

 あらかじめ録音した音声が流れる。

「プッ」

 吹き出すジョー。

「うえ」

 下唇を付き出すメラリー。

「――っ」

 観客席で見ているバッキーの太田がいたたまれずにジタバタする。

「もぉ、ジョーちゃん、笑っちゃダメでしょ。メラリーちゃん、変顔しないの。そこでヒシーッと抱き合うのよっ」

 ゴードンは寸劇の演技にも妥協は許さない。

「俺、この後でジョーさんとガンファイトすんのに何でイチャイチャしなきゃいけないんすか?」

 メラリーが異議を唱える。

「――(ウンウン)」

 激しく頷くバッキーの太田。

「ガンマン・ジョーを油断させるために決まってんでしょっ。イチャイチャした分、メラリーの正体が分かった時のジョーの裏切られ度合いが増すのっ」

 ゴードンは寸劇の筋書きに不満は許さない。

「文句、多いぞ。メラリー」

「そうだよ。ガンマンデビュー出来るんだから、なんでも有り難くやれよな」

 トムとフレディが観客席からヤジを飛ばす。

「お前よ、女のコともヒシーッと抱き合ったことねぇんだろ?」

 ジョーは憐憫の眼差しでメラリーを見た。

「――むむ――」

 図星なので悔しいメラリー。


「はい。じゃ、今のとこから、もう一度。音声、流して」

 ゴードンがパンパンと手を叩いて仕切り直しする。

『ジョー。もう貴方のことで頭がいっぱい』

「――っ」

 メラリーはヤケクソで体当たりするようにジョーに抱き付いた。

 バスッ!

「いてっ」

 メラリーの麦わら帽子のフチがジョーの鼻っ面に思いっ切り突き当たる。

「お前、絶対、わざとだろっ?」

「わざとなら軽く当ててないしっ」

「軽くねぇだろ?思いっ切りぶち当てただろっ?」

「鼻血出てないから軽くじゃんっ」

「このやろっ」

 ラブシーンだというのに2人はつまらないことで言い合いになる。

「あ~、もぉ、その麦わら帽子、邪魔ねっ。コスチューム担当のタマラちゃん呼んでっ。それにメラリーちゃん、今の抱き付き方、相撲のもろ差しにしか見えなかったわよっ」

 ゴードンはリハーサルが遅々として進まないのでオカンムリだ。

「とんとんと進めてくれよ。俺の出番までに日が暮れるぜ~」

 寸劇の最後まで出番がないロバートは観客席で組んだ足をイライラと揺する。

「そんなに寸劇に凝らなくてもねぇ」

 マダムもポソッと呟いて吐息する。

「そんなこと言ってたら、すぐにお江戸の町にゲストを取られちゃうでしょっ。あそこの忍びの一座だって冬休みには出し物をリニューアルするのよっ」

 ゴードンが鼻息を荒げて観客席に振り返った。

 同じ温泉地には『お江戸の町』という江戸時代の江戸の町を模した大型遊興施設もあり、忍者の迫力満点の殺陣たてを見せる演目が人気なのだ。

 ゴードンはお江戸の町の忍びの一座に並々ならぬ敵対心を燃やしていた。
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