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第1弾 黄色いリボン
An Old-fashioned Girl(昔気質の娘)
しおりを挟むその頃。
クララはアニタと駅前の甘味処『甘利路』で待ち合わせていた。
「ごっめ~ん。遅くなってぇ」
アニタがご機嫌の笑顔で店内に入ってきた。
今日はアニタのバイトは休みの日である。
「あれ?アニタ。昨日と同じ服?」
クララは苺クリームあんみつのクリームを舐めながら苦い顔になった。
「だってぇ、彼の部屋から直行でここに来たんだもぉん」
アニタはわざとらしいほど甘い口調で『彼』と言ってデレデレと締まりのない顔をしている。
(――お泊まり?昨日、初めてデートして?その日にもう彼の部屋にお泊まりっっ?)
内心、クララはショックを受けた。
けれど、必死に動揺を隠し、
「ふぅん、お泊まりしたんだ?」
努めて平然とした顔で訊ねた。
「そぉ、でねっっ」
アニタはクララが訊きもしないのに昨日のデートについて詳細に話し始めた。
映画を観た後はタウンで一緒に遊んだこと。
{彼はシューティング・ギャラリーで15ポイントも獲得したらしい}
帰りにタウンのマーケットで食材を買って、キャスト宿舎の彼の部屋で一緒にオムライスを作って食べたこと。
{彼はとっても料理上手らしい}
楽団のキャスト宿舎には練習室があって一緒に演奏したこと。
{彼は小学生の頃、ピアノを習っていたらしい}
『一緒に』
『一緒に』
『一緒に』
アニタはノロケ放題である。
クララが空想で思い描くだけの楽しいデートをアニタは実体験している。
(――ふ、ふうんだ――っ)
クララは悔しさを顔に出さないように、精一杯の笑顔を作った。
「――でねっ」
アニタは得意げに身を乗り出す。
「夜9時近くなって彼が『もう遅いから送っていくよ』って言ってくれたんだけどぉ」
たっぷりと気を持たせて言葉を溜めてから、
「わたし、『まだ帰りたくない』って言っちゃったのよぉっっ」
アニタは自分で言って照れまくりキャアキャアと笑い転げた。
「――ふ、ふうん――」
クララは少しも面白くない。
「いやぁ、もぉ照れる、照れるぅ」
アニタは上気した顔をパタパタと甘味処のメニューで扇いで窓の外に目を向けた。
「――あ、あれ?ジョーさん?」
アニタが唐突に声を上げた。
「――?」
クララはドキッとして窓の外を見る。
「――あ――っ」
ジョーは温泉街の男性客向けの遊興場が集中している通称スケベ通りから出てきたところだった。
「やぁだ。何の店に行ってたんだろぉ?キャバクラ?ストリップ?案外、フーゾクだったりぃ?」
さも愉快そうにアニタは言った。
クララがジョーに片想いということはミーナ以外の友達には内緒にしている。
「……」
とたんにクララは面目を失ったかのように顔が真っ赤になった。
(あんなとこ行くんだったら、わたしのこと押し倒さなくたっていいのにっっ)
(やだやだ。プライスレスだもん。わたし。それなのに0円でエッチが出来ると思われて部屋に呼ばれたの??)
どんより。
クララは惨めになって立ち直れない気分になった。
念のために言うとプライスレスは『金では買うことが出来ない。値段が付けられないほど貴重なもの』という意味である。
今時、貴重なくらいクララは乙女の純潔を重んじる女のコだった。
クララが悶々としている間にもアニタはノロケ話を続けている。
「――でね、『こんなに濡れちゃったよ』って、わたしの肩をグイッと抱き寄せて、彼が中に入ってきて――」
(――え!?やだ。そ、そんな生々しい話?)
クララはドギマギと焦った。
何のことはない。
アニタは相合傘の話をしているのだがクララはすっかりエッチの話と勘違いしてしまった。
「彼って大きいからキツクて入るのやっとでさぁ」
アニタは彼の体格と自分の折り畳み傘の話をしているのだが、
「……」
クララは聞くに堪えないように顔を歪めた。
「だんだん激しくなってきて、もぉう、グチュグチュに濡れちゃったぁ」
アニタは雨と自分の靴の話をしているのだが、
「……」
クララは恥かしさに居たたまれなく半泣き顔になった。
クララこそ今や絶滅必至である天然記念物乙女だった。
なにしろ先月22歳になった今でも男女交際というものをしたことがない。
それというのもクララはジジババしかいない辺鄙な村で育った生粋のカントリーガールなのだ。
若い男子とは疎遠の生活で理想だけが高くなっていた。
初デートでは何もなし。
2回目のデートから手を繋ぐ。
5回目のデートで初ハグ。
{デートの別れ際に夜道で}
10回目のデートで初キッス。
{星空の綺麗な静かな場所で}
初エッチは交際1周年の記念日。
{お洒落なリゾート・ホテルの海の見える部屋で}
以上がクララの理想である。
エッチ=永遠の愛の誓い。
クララはそういうコだった。
元々、スケコマシのジョーと天然記念物乙女のクララはまるで交じり合えない水と油なのだ。
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