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第1弾 黄色いリボン
GrayRain(憂鬱な雨)
しおりを挟むその昼下がり。
野外ステージ。
ウェスタン・ショウの目玉、ガンファイトが始まった。
ガン!
ガン!
ガン!
ガン!
宙を縦横無尽に飛ぶクレーを騎乗から撃ち合うジョーとロバート。
『Hit!Hit!』
実況アナウンスに合わせて命中と失中の旗を上げたり下げたりのメラリー。
ポツ。
「――ん?」
メラリーの鼻先に雨粒が当たり、空を見上げる。
ポツ。
ポツ。
ポツ。
ポツ。
にわかに大粒の雨が落ち始めた。
「――え?やだっ。降ってきた?」
楽屋の2階にある実況室では焦った顔をしてゴードンがスタッフに訊ねた。
パラ、
パラ、
だんだんと雨脚が強まる。
「ゴードンさん。続けるの無理っぽいっすね?雨キャンですかっ?」
スタッフが慌ただしく確認する。
「あ~、もぉ、雨キャン、雨キャン。音声、切り替えてっ」
ゴードンはヤケクソ気味にミキサー室のスタッフに指示を出す。
雨キャン。(雨でキャンセルの略)
要するに雨天中止である。
ゴードンが実況室の窓から野外ステージのロバートにハンドサインを出して知らせる。
「――(こっくり)」
頷くロバート。
音声が切り替わり、普段とは違うセリフが流れ始めた。
『――おおっと、降ってきやがった。ジョー、今日の勝負はここまでだぜ』
音声に合わせて身振りをするロバート。
『おいおい、まだ始まったばかりだぜ。さては逃げる気じゃないだろうな?この決着はいつ着ける?』
身振りを忘れて適当に音声に合わせて手をバタバタさせるジョー。
『それは今後の天気次第さ。あばよ。ジョー』
馬をターンさせて駆け去るロバート。
パッカ、
パッカ、
パッカ、
パッカ、
『もう店仕舞いよ。ジョー、1杯、おごるわ』
マダムが酒場へ戻っていく。
『そいつは有難え。雨宿りがてらご馳走になるかな』
音声のセリフを聴いてから慌てて馬を飛び下り、マダムの後に続くジョー。
パッカ、
パッカ、
馬はそつなく野外ステージの外側へ駆けて退場する。
「――?」
ポカンとして突っ立っているメラリー。
(――えっと、どうするんだっけ?)
たしか雨キャン・バージョンもリハーサルでやったはずだが覚えていないのだ。
「……」
グイッ。
メラリーの腕を引っ張って酒場のスイングドアへ入っていくジョー。
ゴゴゴゴゴ――、
酒場のセットが半転すると背面はビュート(岩山)の壁になっていて観客席からは見えなくなった。
『――ピンポンパンポン♪天候不良のため、本日のショウはこれで終了となりますーー』
場内アナウンスが流れた。
「なんですか。これ、雨キャン・バージョン?初めて観たっ。ラッキー♪」
いつもどおりに観客席の最前列で動画撮影をしていたショウの常連客の太田邦生が嬉しげにパチンと指を鳴らした。
その頃。
野外ステージのビュート(岩山)の裏側。
ここには騎兵隊の詰め所がある。
「――雨キャンですか?――はい」
騎兵隊キャストのリーダーのダン(檀一馬)が無線を切って、ガックリと肩を落とした。
「――あ~ぁ」
待機していた騎兵隊キャスト達から溜め息が漏れる。
「……」
ダンが渋い顔をして雨空を睨んだ。
「撤収、撤収っ」
大声で虚勢を張るように指示を出す。
ガチャ、
ガチャ、
騎兵隊キャスト達は仕方なさそうに各々の馬のサドルを外し始める。
「ダンさん。雨キャン続きで最悪っすね」
マーティが同情の眼差しでダンを見やった。
「お天道さんに文句、言ってもな」
ダンはそう言いながらも、つば広帽を取ると口惜しげにパンパンと膝に叩いて雨粒を払い落とした。
撤収後の騎兵隊の詰め所では、
「……」
ダンが一人残って私物の整理をしていた。
「――ふう――」
小さく溜め息。
壁の3月のカレンダーを見る。
引退の日に向けて赤ペンでバツ印が付いている。
「……」
ダンは机の上の赤ペンを手に取ると、
キュッ。
キュッ。
今日の日付の上にもバツ印を付けた。
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