426 / 427
◆番外編◆ それぞれの未来へ
#21
しおりを挟むその日は会食もなく、要さんは珍しく早く帰宅した。
けれど仕事で何かあったのか、酷く疲れた表情をしていて、「ただいま」の声にも元気がないような気がして。
ずっと忙しくしてたから疲れちゃったのか、と思っているところに、夏目さんの明るい声が聞こえてきた。
「美菜ちゃん、ちょっと書斎にお邪魔するけどお気遣いなく」
これまでも時折、仕事のことなどでゴタゴタがあったときなどには、こんな風に夏目さんが要さんの書斎で仕事の打ち合わせをすることがあった。
……でも、なんだか違う気がして。
気にはなりながらも、玄関ホールで出迎えたふたりに続いて廊下を進み、リビングの手前でふたりは書斎へ行き。夕飯の準備の途中だった私はキッチンへと舞い戻った。
それから一時間ぐらい過ぎた頃、休憩がてら軽い食事でもと、食べやすいおにぎりと野菜たっぷりのスープを持って書斎へと向かい。
私が書斎のドアをノックしようとしたのと、
「特定の恋人も作らないし、見合いだって断ってばっかだったのに、いきなり秘書室でド派手な告白して、今度は同棲始めたかと思った途端、隠し子発覚なんて、まったく吃驚させられるよなぁ」
夏目さんがえらく感心したように声を放ったのが同じタイミングで。
内容からして隼さんのことを言っているんだとすぐに察した私は、あまりのショックに一瞬眼前が真っ白になりかけるも、真っ先に高梨さんのことが浮かんで、気づいたときにはドアを開け放ち、
「か、隠し子発覚って、一体どういうことですかッ!?」
書斎の中央に置かれた応接セットで向かい合って話していたふたりに向けて、大きな声でそう問いかけていたのだった。
事の経緯を聞いたところ。
神宮寺家とは昔から付き合いがあるらしい日本最古の百貨店として知られる鳳凰堂デパート。
そこのご令嬢で、パリコレでファッションモデルをしているという円城寺さやかさんがどうやら隼さんの子供を内密に出産し海外で育てているらしく。
そのことをマスコミに嗅ぎつかれそうなので、これを機に婚姻して責任をとって欲しいとの申し入れが、今日顧問弁護士より、社長である要さんにあったというのだ。
それをここで、要さんと夏目さんが、祖父母や母親に知られる前に、なんとか早期に解決をはかろうとあれこれと相談していたと言うことらしい。
そしていつぞやのように、私にははっきりとは言わないけれど、さっきの夏目さんの口ぶりからして、おそらく。
隼さんのことを、やれ、『不誠実だ』、『だらしない』、『無責任だ』などと言っていたに違いない。
そのことを裏付けるように、
『明日にでも隼を呼びつけて、ご令嬢との婚姻を進めなきゃならない。出産が近づいているというのに、しばらく忙しくなりそうだ。すまない』
と迷惑そうに言いながら、最後に私に向けて申し訳なさそうに謝ってきた要さん。
聞いているうちに、あまりにも隼さんのことが不憫に思えてきて。
だって、お正月に会ったときに、『欠陥品の僕に結婚なんてできる訳ないのに』って、思い詰めたように呟いていた人が、そんな不誠実なことをするようには、とても思えなかったのだ。
なにより、恋人である高梨さんのことを想うとーー胸が締め付けられるようで、痛くて痛くてどうしようもない。
高梨さんは正義感が強くて、口調がきつかったりして、私だって最初は怖い人なのかも。なんて、勝手な先入観を持ってしまっていたけど。
私が自分の陰口を聞いて嫌な思いをしていた時には、私以上に怒ってくれたし、味方にもなってくれた。
ーーそんな高梨さんが好きになって、同棲までしている隼さんが、そんなことをする人であるはずがない。
だって隼さんは、要さんの元カノのことで、いくら『YAMATO』を守ろうとしたとは言え、私に嫌な想いをさせてしまったことを悔やんで、何度も頭を下げてくれていた。
今だってそうだ。
そのことが今も気になるのか、義理の妹である私のことを色々気にかけてくれていて、会えば必ずプレゼントを用意してくれていたり。
料理が苦手な私にも、簡単に失敗なく作れるレシピを時折メッセージアプリで送ってもくれている。
ーーそんな隼さんがいい加減な人であるはずがない。
私だって、もしも要さんにあらぬ疑惑がかけられて、周りに非難されたとしても、私だけは要さんのことを信じてあげたいと想う。
ーー隼さんにとってたったひとりの兄である要さんにも、そうであって欲しい。
「要さんも夏目さんも、いい加減にしてくださいッ!」
「み、美菜ッ!? 急にどうしたんだ? そんなに怒って。あんまり興奮したら身体に障るだろう?」
「そうだよ、美菜ちゃん。ちょっと落ち着こうか? ね?」
隼さんのことを説明してくれている要さんと夏目さんのあんまりな言い草に、だんだん腹立たしくなってきて、大きな怒声を放った私は、すっかり興奮してしまっていた。
おそらく妊娠しているせいだろう。
要さんと隣り合っていたソファから突然立ち上がって、鼻息荒く強い口調で言い放った私のことを慌てたふたりが宥めようとしているけれど、そんなの無視して。
「特に要さんッ! 要さんはもうすぐお父さんになるのに、そんなことでどうするんですかッ! たったひとりの弟のことを信じてあげないなんて、あんまりですッ! 最低ですッ! そんなんで、この子のお父さんになんてなれる訳ないッ!」
興奮しきりで冷静さを欠いた私は、今は克服しているものの、EDになるほど繊細で、ヘタレなところのある要さんに対して、強烈な言葉をお見舞いしてしまっていた。
0
お気に入りに追加
1,143
あなたにおすすめの小説
離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

10年ぶりに再会した幼馴染と、10年間一緒にいる幼馴染との青春ラブコメ
桜庭かなめ
恋愛
高校生の麻丘涼我には同い年の幼馴染の女の子が2人いる。1人は小学1年の5月末から涼我の隣の家に住み始め、約10年間ずっと一緒にいる穏やかで可愛らしい香川愛実。もう1人は幼稚園の年長組の1年間一緒にいて、卒園直後に引っ越してしまった明るく活発な桐山あおい。涼我は愛実ともあおいとも楽しい思い出をたくさん作ってきた。
あおいとの別れから10年。高校1年の春休みに、あおいが涼我の家の隣に引っ越してくる。涼我はあおいと10年ぶりの再会を果たす。あおいは昔の中性的な雰囲気から、清楚な美少女へと変わっていた。
3人で一緒に遊んだり、学校生活を送ったり、愛実とあおいが涼我のバイト先に来たり。春休みや新年度の日々を通じて、一度離れてしまったあおいとはもちろんのこと、ずっと一緒にいる愛実との距離も縮まっていく。
出会った早さか。それとも、一緒にいる長さか。両隣の家に住む幼馴染2人との温かくて甘いダブルヒロイン学園青春ラブコメディ!
※特別編4が完結しました!(2024.8.2)
※小説家になろう(N9714HQ)とカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録や感想をお待ちしております。


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる