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揺らめく心と核心~前編~

#3

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「……はぁ、こんな大変な時に……」

程なくして、着信の相手を確認したらしい隼さんのえらく悩まし気な溜息に続いて、思わず零してしまったのだろう声が耳に流れ込んできて。

隼さんのその反応からして、どうやらあまり嬉しくない人物からの着信のようだということが窺える。

私がそんなことを頭の片隅で思っていた、その時だった。

「こんな時に申し訳ありません。すぐに済ませますが、無理そうなら美菜さんを優先させます。お加減はどうですか?」

相変わらず吐き気にみまわれてしまっている私に対して、申し訳なさそうに声をかけてくれた隼さん。

「だいじょ……うぷっ」

心配そうな眼差しの隼さんに、『大丈夫です』と伝えようとするも。

吐き気に邪魔され言葉にできずにいる私の様子に、『もう我慢の限界』だとまたまた早合点してしまったらしい隼さん。

隼さんは、慌ただしく、『あーでもないこーでもない』と、静かになったスマホを片手に思案し始めた。

そして数秒経った頃、

「あっ! そういえば、今日は終日社内での業務だったはず。兄に連絡いたしましょう」

妙案を思いついたとばかりに、再びスマホの画面に向き合おうとする隼さん。

慌ててしまっている所為で、隼さんは自分の置かれている状況にまで考えが及んではいないらしい。

……あの要さんが、私を力ずくでどうこうしようとしていた隼さんのことをただで済ませる訳がないというのに。

それに、普段は温厚でメチャクチャ優しい要さんだけれど、激怒した時の要さんは人が変わったようにメチャメチャおっかなくなっちゃうというのに……。

――もしかして、兄弟なのに知らないのかな?

――いやいやいや、そんなこと悠長に考えている場合じゃない。

激昂した要さんの姿を思い浮かべた私が、吐き気も忘れて、

「あ、あの、要さんは忙しいと思うので。夏目さん、夏目さんを呼んでください」

両手で口元を押さえたままでなんとか訴えかければ、一瞬、驚いたように動きを止めた隼さん。

――もう、こんなときに止まってる場合じゃないでしょ? 

危機感のない隼さんの様子に、業を煮やした私は心の中で毒づいてしまっていた。


私の焦りも知らずに、隼さんは私のことをまじまじとみやってから、

「……ああ、はい、そうですね。その手がありましたね。美菜さんはこういう時にも兄さんのことを気遣うことができるお方なのですね」

そう言うと、最後には酷く感心したように『うんうん』と何度か頷いてからスマホの画面を弄った後、夏目さんに連絡を入れてくれているようだった。

その通話が終わったと同時、再び隼さんのスマホからバイブ音が響き始めて間もなく、着信に応じ始めた隼さん。

「はい、隼です。先ほどは対応できず申し訳ございませんでした。あぁ、やはりその件でしたか? その件なら、僕に一任してくださっていたではありませんか。……はっ!? 西園寺社長とご一緒にラウンジにいらっしゃる? あぁ、なるほど、兄さんが西園寺社長に全てお話ししたということですか……。あぁ、それなら僕の件も帳消しになりますね? いえ、そんなことを僕に言われましても……。もとより僕は、『YAMATO』のことを一番に考えてのことでしたので。それでは静香さんもお元気で、失礼いたします」

終始和やかな口調の隼さんとは違い、通話の相手からは、時折喚くような声が漏れ聞こえてくる。

なにやら揉めているようだったけれど、隼さんは構うことなく通話を終わらせてしまったようだった。

そんなことよりも、隼さんの口から西園寺静香さんの名前が出たことの方が気になって仕方ない私は、きっと隼さんのことをじっと見ていたのだろう。

「ご安心ください。静香さんのことでしたら、兄さんのお陰でたった今解決いたしましたから。美菜さんはご自分のお身体のことだけをお考え下さい」

そのことを私の視線で察したらしい隼さんが掛けてくれた言葉の全てを、吐き気と格闘中の私が全くもって理解できずにいるところに、会議室のドアを蹴破るようにして乱暴に開け放つ派手な音がして。

驚いて身体を跳ね上がらせてしまった私が、音がした方に視線を向けると。

その先に現れたのは、物凄い形相で仁王立ちした夏目さんの姿だった。
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